演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.41 / 25 Mar. 2024
春をむかえ、新生活を始める人も多いのでは。自分が異動や転勤をするわけでなくとも、新しい人との出会いの多い季節です。新たに出会った人と仲が良くなれるかどうか、それは話し方にかかっています。初対面での第一声、その後のちょっとした会話、このときの印象は、その後の人間関係に繋がります。そこで今回は、話し方をレコードで学びましょう。
まずは口慣らしにこちらを聴いて話してみましょう。アナウンサーの定番練習、〈外郎売り〉です。
神奈川県は小田原で古くから作られている大衆薬の外郎(ういろう)。この薬の由来効能を早口言葉のように言い立てるのが〈外郎売り〉です。
拙者親方と申すは、御立会の中に御存じのお方もござりましょうが、お江戸を立て二十里上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて、青物町を登りへお出なさるれば、欄干橋虎屋藤右衛門、只今は剃髪いたして圓斎となのりまする。
という口上で始まります。発声、発音、間合い、滑舌と、様々なことが学べるので、声を使う職業の方はよく練習教材として用いています。
このレコードでは、講談師の田辺一鶴が口演。入門前には吃音があったそうですが、その後の活躍っぷりにも、この口演にも、そんなことを感じさせません。我々も〈外郎売り〉をよく聴いて、一緒に発声をして、はっきりと話せるようになりましょう。
しっかりとした発声と滑舌を手に入れたなら、次は実践。会話です。
会話における一般常識 監修:塩月弥栄子 (2LP)
二枚組のレコードを聴いて会話を学ぼうという企画。かつてのレコードは、いまのオーディオブックのような学習教材的な役割もありました。
このレコードは、茶道家で冠婚葬祭評論家の塩月弥栄子が一九七〇年に刊行した『冠婚葬祭入門』(光文社)を元に製作されているのですが、一般常識なるものは時代とともに移りゆくもの。聴いていると、なんか昭和っぽさに引っかかってしまいます。今はそんなことしない、言わないって箇所がちょくちょく。ジェンダーとか上下関係とか、五十年経てば変わって当然。特に違うのが口調。「~ですのよ」なんて話す人、ほとんどみなくなりました。今じゃデ〇ィ夫人くらいでしょうか。とはいえ、逆に昭和の言葉遣いやマナーをマスターすれば、むむむ、コイツは面白いぞ、と、周りから一目置かれるようになるかも。
さらに一目置かれるために、会話の中にギャグをぶっ込んでみましょう。そんな術を学べるレコードがこちら。
木久蔵の落語教室 (LP)
男は黙して、なんてのが美徳という考えが残っていた昭和の時代、会話の中に自由にジョークを入れる楽しさ、実演の仕方、そして落語まで教えてくれるレコードです。講師は落語界のスーパースター、林家木久扇(当時:木久蔵)。
「むかいの空き地に囲いができたね」
「へー」
という基礎的な小噺から始まり、それの応用、自身での創作、小噺へのものまねの取り入れ方、四季に合わせた小噺など、ジョークの基本が学べます。よく巷にはジョーク集や小噺集の本がありますが、文字で読むのと実演を聴くのは大違い。字面を追うだけでは笑えないような小噺も、プロ中のプロが演じると思わずクスっとしてしまいます。やっぱり発声と間が違う。フリとサゲで声量とトーンを変えていたり、一気に下げ行く場合と一瞬間を空ける場合があったりと、勉強になります。
ここまで聴き込めば、ちゃんと発声もでき、会話もでき、ジョークも挟めるようになったことでしょう。そうなると、周りからの評価も高まり、人前で話す機会がやってきます。そうスピーチです。スピーチのコツもレコードで学びましょう。
3分間スピーチ入門 監修:諸星龍 (LP)
五十万部のベストセラーといわれるカッパ・ブックス『3分間スピーチ』の著者監修によるスピーチ指南。人前であがらないためにはどうしたらよいのか、また、場面場面にあわせてどういった話をするべきなのか、実演付きで教えてくれます。この実演がとってもいい。昭和の日本映画を観ていると出くわすスピーチのシーン、まるでそのまんまのスピーチの数々が収録されています。例えば結婚式の新婦の友人のスピーチ、
「彼はどんな人って吊るし上げして白状させたら、私たちすっかり当てられてしまいました。」
素晴らしいですね。意味はわかるけど現代は全く使わない表現。そんな言い回しがいっぱいありますので、スピーチのコツだけでなく、日本語の変遷も感じられます。
諸星先生はレコードの中で、何回も何回もこのレコードを聴けば、耳から自然にスピーチのコツを学び取ることができる。と、おっしゃっています。このレコードを繰り返し繰り返し聴けば、スティーヴ・ジョブズやTEDみたいな今風のプレゼンとは一線を画す、和製スピーチができるようになることでしょう。
それでは、縁も高輪プリンスホテル、また次回。
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
Our Covers #029 伊藤一樹