
演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.21 / 20 June 2022
Z世代は、映画を倍速視聴するらしい。ネット記事やワイドショーなどで取り上げられ話題となっている。若い世代は時間を無駄にすることを極端に嫌がるそうで、通常スピードでの視聴(鑑賞)は、時間がもったいないと感じるそうだ。なぜそのような思考に至ったのかは、『映画を早送りで観る人たち 稲田豊史』(光文社新書)に細かく分析と考察が記されており、大変参考になった(全く共感はできなかったけれど)。
時間がもったいないという思考は映画以外にもみられるようで、音楽はサビから聴くそうです。そのため最近のヒット曲の多くはサビから始まる。つまり、イントロがない。ということはですよ、オイラの大好きな歌謡説明ができないではないか! このままでは歌謡説明が廃れてしまうぞ。というわけで、今回は歌謡説明のレコードを紹介して、その魅力を発信といきましょう。
まずは歌謡説明について軽くおさらい。昔の歌謡曲には、聴くとすぐそれとわかるイントロがあったわけで、リサイタルには司会者がいて、そのイントロの間に曲の説明をすっと入れてから、歌手が歌い始めるわけです。詳しくは過去2回のコラムをご参照(Ep.1、Ep.13)。
そんな歌謡説明の起こりは、トーキーの出現により仕事にあぶれた活動写真弁士(活弁、弁士、活弁士、映画説明など言い方は様々)から始まったといわれています。無声映画から音付きの映画トーキーの時代に変わると、弁士もBGM担当の器楽奏者・楽士も、廃業を余儀なくされます。そんな中、歌謡説明に活路を見出した弁士の一人が泉詩郎。トーキー出現以降は自身の楽団を結成し、日本各地を巡業。歌の間に説明を入れる歌謡ショーは人気を博し、SPレコードも多数吹き込んでいます。戦後、そんな泉詩郎を懐かしむSP音源復刻LPが多数発売されました。一部をご紹介。

当代の歌手が歌う戦前歌謡、いわゆる懐メロに、泉詩郎の歌謡説明を挿入する企画アルバム。時代と世代を超えた共演が魅力です。中性的な甲高い独特の声質と七五調の語り、一度聴くと耳から離れない魅惑的な歌謡説明を堪能できます。
泉詩郎が昔行っていたショーは「歌謡物語」とも呼ばれていました。そんなショーの再現をレコードで試みたのがこちら。

歌謡物語・かえり船 泉詩郎 (LP)
歌と歌とを歌謡説明で繋げ、全体で大きな物語を形成するのが歌謡物語。歌が綴る物語だけでなく、泉詩郎の歌謡ショーがどんなものだったのかを思い描きながら聴くのも楽しい。公演の音声や映像は残っていないけど、こうしてレコードがあると少なくとも想像はできる。記録を残すことは大切ですね。
このような歌に語りを挿入するスタイルは後世にも引き継がれ、ナレーション入りのアルバムが生まれます。オイラがレコード屋で見てきた限り、1960~70年代に作られたものが多く、VHSもDVDもない時代の娯楽の一つだったと思われます。ナレーターは歌手本人のものもあれば、有名アナウンサー、当代人気の俳優など様々。中でもおすすめはやっぱりこの人、芥川隆行。昭和のナレーションといえばこの人を想像する人も少なくないのでは。数あるナレーション・アルバムの中でも、歌と語りの融合に秀でていると感じるのはこちら。

目ン無い千鳥 大川栄策 (LP)
帯にある通り、歌とナレーションで綴る古賀メロディ。古賀政男最後の内弟子、大川栄策による古賀政男作品集です。マイナー調多めの選曲で、曲間のナレーションによってぐっと哀愁漂う歌世界に引き込まれていきます。大川栄策と芥川隆行の声質の高低のコントラストもアルバムを引き立てるポイント。東郷青児のジャケ画も素晴らしく、演歌名盤の一つです。
ずっと歌謡説明を聴いていると、それに続けて自分も歌いたくなるのが歌謡ファンの常。そんな夢の実現のために、司会付きカラオケ・レコードというものが多数発売されています。オイラは歌謡説明大好きなんで、リサイクル・ショップなどで見つける度に買っていますが、極め付けはこのボックス・セットではないでしょうか。

キング 司会つき カラオケ歌謡大全集 (8LP BOX)
過去にキングレコードから発売された司会付きレコードのコンピ盤。この1セットで7人の歌謡説明が楽しめます。司会者たちのラインナップは下記の通り。
・芥川隆行 TBSアナウンサー~フリー・アナウンサー。昭和の名ナレーター
・及川洋 軽演劇出身の司会者。北島三郎専属司会
・竹谷英子 札幌テレビ放送アナウンサー~フリー・アナウンサー。悪役紹介社長
・玉置宏 文化放送アナウンサー~フリー・アナウンサー。昭和の名司会者。日本司会芸能協会元会長
・橋本テツヤ 文化放送『セイ・ヤング!』初代パーソナリティ
・春木千羽 歌謡曲司会者
・北条竜美 春日八郎専属司会者
どうです、豪華でしょう。LP8枚、全96曲収録。おおよその昭和歌謡の名曲たちは網羅されています。たっぷり聴いて、たっぷり歌えるお得用セットです。
ここまで紹介したレコードは全てスタジオ録音。歌謡説明の醍醐味はなんといっても実演です。その日その時の状況に臨機応変に対応する巧みな話術。歌謡曲のライヴ盤は司会も収録されているものが多く、リアルな司会の技を聴くことができます。オイラはいつもレコード屋さんで「リサイタル」ってワードを見つける度に、司会者は誰かな~、とジャケ裏やライナーを確認しては買っています。そうして集めて司会入りライヴ盤より、ちょっぴりレアな司会者が入っているレコードを、最後に続けてご紹介しましょう。

都はるみと共に (2LP)
司会者は漫才コンビ、青空東児・西児の青空東児。コロンビア・トップ・ライト一門(青空一門)の漫才師でよく司会業も行っていたようですが、音声や映像が少ないので貴重な一枚。

東京の花売娘 岡晴夫 甦る岡晴夫 幻のライヴ「新春歌ごよみ」より (LP)
司会として獅子てんや・瀬戸わんやが参加。歌謡曲全盛時代、漫才師は副業として司会もこなすことがよくあったようで、漫才以外の喋りが聴けるのが、演芸ファンには嬉しい限り。

森進一全国縦断リサイタル (LP)
こちらの司会は宮尾すすむ。『日本の社長』や『スターどっきり』など、リポーターのイメージが強いタレントですが、かつては活弁士から漫談家に転向した宮尾たか志に師事。リポーターになる前は司会者としても活動していました。このレコードは司会時代の貴重音源。森進一は他にも、綾小路きみまろ、西寄ひがしなど、優れた司会者を輩出しています。

石原裕次郎リサイタル (2LP)
司会者は藤村有弘。『ひょっこりひょうたん島』のドン・ガバチョの声や、インチキ外国語で有名なコメディアンです。裕次郎とは親しいらしく、その仲の良さが伺える親密な司会っぷり。美文調で語るだけが司会ではない。司会の多様性を感じます。

増井山大志郎 熱唱リサイタル (LP)
こちらの司会はなんと作曲家のキダ・タロー。ご存じ浪花のモーツァルトです。増位山はキダ・タローの楽曲を歌っているわけではないので、どういった経緯で司会をやることになったのでしょうか。見た目も喋りもアクの強いキダ・タローですが、司会は適度に笑いを取りながらそつなく進行。曲によっては自らピアノ伴奏。舞台慣れした作曲家ですね。
さて、様々な方面から歌謡説明レコードの魅力を取り上げてきました。Z世代のみなさま、イントロなんて時間の無駄、なんて言わないで、歌謡説明入りレコードを楽しんでみてください。もっと、レコード聴くなんて面倒くさいから配信で、なんて言われたら元も子もないんだけどね。
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
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