演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.38 / 21 Dec. 2023
「年越しそばいつ食べるのか問題」というものがありまして、夕食のときに食べるのがいいのか、12時近くになってから年を越しながら食べるのがいいのか。各ご家庭によって様々だと思います。何が正しいのかよくわかりませんが、要は、大晦日にそばを食べればいいんですよね。
オイラの大晦日はどうかというと、三食そばです。朝はカップそば、昼は立ち食いそば、夜は家でもりそば。もう何年もこうやって過ごしています。というか、大晦日でなくとも、三食そばの日がしばしばあります。そばが好きなんです。行きつけの老舗の名店とか、こだわりの駅そばとかは一切ないのですが、そばを啜るのが小さい頃から好きなんですよ。というわけで今回は、そばのレコードをご紹介しようと思います。
とはいってみたものの、そばのレコードなんてそうたくさん種類があるわけもなく。まずはやっぱり、古典落語の『時そば』でしょうか。寄席で定番の噺のようでいて、いつ寄席に行っても聴けるかといえばそうでもない。けどやっぱり、定番の噺だからたまに無性に「『時そば』聴きたいなぁ」って気分になる。そんなときにレコードは便利です。いつでも聴けます。我が家で出番を待つ『時そば』のレコードがこちら。
NHK落語名人選15 春風亭柳橋 粗忽の釘/時そば/青菜 (LP)
柳家小さん大全集 第一期 第二巻 長者番付/出来心/時そば/親子酒 (2LP)
寄席 ※落語ソノシート ときそば/柳家さん助 (パンフレット+ソノシート)
小三治白熱のライヴ・シリーズ⑤ 湯屋番/時そば 柳家小三治 (LP)
直接切削原盤制作方式 落語 柳家小三治 時そば/錦の袈裟 (LP)
らくご・いろは長屋(五) 春風亭柏枝 時そば/目黒のさんま/狸賽/近日息子 (LP)
意外にたくさんあるもんだ。どんな噺か知らない人のために、ざっくりとストーリーを説明すると、夜に屋台でそばを食う。勘定で銭を数えるとき、合間に店主に時を尋ね、一文ちょろまかす。それをみていた男が、あくる日に真似をして失敗する。ただこれだけなんですが、面白いんですね。単純なストーリーなので誰が演じても大差はないのですが、それでも面白い。お客さんの誰もが知っているようなストーリーを演じているのに、お客さんは笑ってしまうという、古典落語の洗練された魅力を感じます。
噺に登場する屋台のそば屋は、荷車を引くタイプではありませんし、もちろんキッチン・カーでもありません。振り分けの荷になっております。なかなかそんな屋台を見る機会がないので、どんなものかわからないという方、最初にあげた春風亭柳橋のレコード・ジャケットをご覧ください。ちょうど柳橋師匠がそばを手繰っている姿の後ろの棒があり、それを担いで移動します。結構重そうですよね。
『時そば』で登場人物が食べるのは、「しっぽく」というカマボコなどがのった温かいそば。実はオイラ、練り物が苦手、かつ、猫舌なもんで、「しっぽく」は好きじゃないんです。やっぱりそばは「もり」「ざる」「ぶっかけ」などの冷たいのがいいな。冷たいそばが登場する落語といえばこちら、『そば清』です。
志ん生復活 古今亭志ん生 彌次郎/化物使い/うなぎ屋/そば清/塩原多助一代記/夏なれや (2LP)
ききたい落語家ベスト・シリーズ 愛聴盤馬生名演集 そば清/あくび指南 十代目金原亭馬生 (LP)
もりそばを何枚食べられるか賭けをする清兵衛さん、通称「そば清」が物語の主人公。馬生師匠が演じる清兵衛さんは、本当に美味そうにそばを食べる! もりを10枚、20枚、30枚と次から次へ平らげていく様がなんとも爽快です。しかし、噺のキモはそばを食うことではありません。最後に素晴らしいオチが待っていますので、未聴の方、お楽しみに。今風に言うと、「ラストに待ち受ける驚愕の真実! 衝撃のラストを見逃すな」って感じでし。ちなみに志ん生師匠は、そばを食うことに主眼をおいておらず、そばを食べるシーンはカットしています。この編集と演出の能力は志ん生師匠の魅力の一つです。
そば好きのオイラ、ある日、自分でもそばを作ってみたくなりました。とはいえ、道具もなにもないもんで、とりあえずそばがきに挑戦してみました。そば粉を湯で練るだけなので、簡単だと思ったんです。ところが、できあがったものは粘土の塊のような代物。食べてはみたものの美味くもなんともなく、数時間後には腹を下しました。似たような噺がこちら。
圓生百席 第十一席/第十四席 お藤松五郎/一文惜しみ/蕎麦の殿様/三年目 (3LP BOX)
そばを打ってみたくなった殿様が、見様見真似でつくった不出来なそばを家来に食わせ、家来たちが腹を下すという噺です。やっぱり慣れないことはするもんじゃありません。しかし、圓生師匠の演じるお侍さんの説得力はすごい。脳内に武家屋敷が広がります。
そばのレコード、なんだか落語ばっかりになってしまいましたが、最後に歌ものを。そばがでてくる大好きな歌謡曲、もとい、歌謡浪曲がこちら。
元禄名槍譜俵星玄蕃/権八忍び笠/元禄名槍譜俵星玄蕃(台詞入り) 三波春夫 (7インチ)
先月に引き続き、またしても忠臣蔵歌謡、三波春夫の代表曲です。なぜこの曲がそばかといいますと…、槍の名人、俵星玄蕃。彼の道場に通うそば屋の青年。しかし、そば屋は世を忍ぶ仮の姿。本当は、亡き君主、浅野内匠頭の無念を晴らすべく、憎っくき吉良上野介の邸宅への討ち入りの時を待つ赤穂浪士の一人、杉野十平次だったのです。というのがこの曲のストーリーです。いざ討ち入りが始まると、助太刀に馳せ参じる俵星玄蕃。その姿をみつけた杉野は玄蕃の元を向かいます。
〽先生
おうッ、そば屋か
ここがこの曲のハイライトです。どうです、文句なしの「そば歌謡」でしょ!
それはさておき、忠臣蔵では討ち入りの前夜、義士たちがそば屋に集まりそばを食べたという、「討ち入りそば」という話があります。本当かどうかはわかりませんが、やっぱり冬にそばは温まりますね。ああ、書いているだけでそばが食べたくなってきた。
といっても、オイラはそんなに高給取りでないもんで、美味しいおそば屋さんにはなかなかいけません。昼は立ち食いそば屋で「もり」「かけ」くらいしか頼めないのです。海苔がのっただけで高くなる「ざる」も躊躇します。ああ、早く天ぷらを追加できる身分になりたい。2024年こそは、天そばに卵を落として食うぞ!
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
Our Covers #029 伊藤一樹