レコード盤★盤<br>“ビートにのせて七五調”
feature #145

レコード盤★盤
“ビートにのせて七五調”

演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。

伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.33 / 24 Jul. 2023

←Ep.32

ここ最近、ヒップホップを聴き始めました。思えば小学生の頃、流行りのJ-POPにはラップ・パートがあったり、EAST END×YURIの「DA・YO・NE」がヒットしたり、ラップというものに興味はありました。しかし、時は1990年代。かつてのロック=不良の如く、ヒップホップには悪しきイメージがつきまとい、品行方正の皮を被って生きていたオイラはその世界に踏み込めず、以来20年以上、ヒップホップを避けて生きてきたのです。

そんな中つい先日、ヒップホップの成り立ちを知る機会がありました。ざっくりとした説明ですが、ニューヨークのブロンクスの貧困層から起こったカルチャーとのこと。これってなんか、士農工商とは異なる身分から生まれた日本の諸芸能に似ていませんか? そう思った途端、ヒップホップへの道が拓けた気がしたのです。恐る恐る聴いてみたら、かっこいいんですよ。それ以来、CD、レコード、配信などでヒップホップに親しんでいます。ライフ・ワークであるリサイクル・ショップのジャンク・コーナー巡りの際も、落語や浪曲と一緒にヒップホップの12インチ・シングルも買い込み、日夜聴いています。知らないジャンルの音楽を聴くのは本当に楽しい! 中高生の頃、ジャズやロックの安い中古CDを手当たり次第に買っては聴き買っては聴きを繰り返し、見識を広めていたのを思い出します。

それでは今回はヒップホップのレコードを、とするには聴き始めてまだ日が浅過ぎるので、それに代わる、何かヒップホップ・チックなものを・・・、よし、それでは、日本語ラップの元祖ともいわれる「オッペケペー節」をご紹介しましょう。

まずは、CDですがこちら。

Album Title

甦るオッペケペー節 1900年 パリ万博の川上一座 川上音二郎一座 (CD)

TOCG5432 東芝

「オッペケペー節」とは、明治のはやり唄の一つ。壮士芝居の川上音二郎が、寄席や劇場で唄い流行が広まりました。唄といっても、今のようなメロディアスなものではなく、三味線の刻むオスティナートに七五調の言葉をのせ、切れ場で「オッペケペー オッペケペッポッペッポッポー」と囃子言葉が入る単純な構成のもの。今風に言えば、ループするトラックにのせてラップしてフックが入る。ほら、ヒップホップっぽいでしょ?

このCDの音源は、川上音二郎一座が1900年にパリ万博などの欧州公演の際に録音されたもので、日本人最古の録音とされています。川上音二郎本人の肉声は残念ながら残されていませんが、明治の日本で一世を風靡したリアルな「オッペケペー節」を聴ける貴重なCDです。

川上音二郎の行っていた壮士芝居とは、自由民権思想を啓蒙するための演劇で、書生芝居とも呼ばれます。「オッペケペー節」の歌詞の中にも、

〽ままにならぬは 浮世のならい 飯【まま】になるのは米ばかり

といった社会風刺や、

〽貴女に紳士の出で立ちで、うわべの飾りは良いけれど、政治の思想が欠乏だ

といって政治的な文言が多く見受けられます。

書生が唄本(歌詞が書かれた本)を売りながら歌っていたのが書生節、初期の演歌(現在のそれとは別物)です。演説の歌から演歌と名前がついたと言われています。「オッペケペー節」も初期演歌のレパートリーの一つ。演歌師のレコードでも「オッペケペー節」が聴けます。演歌の伴奏に初めてバイオリンを使用したとされる神長瞭月の唄がこちら。

Album Title

これが基本演歌だ! 元祖 神長瞭月 (2LP)

SJV1260~1 ビクター
Track
DISC 1 A3:オッペケペー

演説の歌である演歌は、徐々に思想啓蒙から芸能へとシフト・チェンジしていきます。神長瞭月の「オッペケペー節」は、社会風刺だけでなく、歌詞の内容や演奏にユーモア要素が加味されています。

この他、最後の演歌師と称された桜井敏雄も、「オッペケペー節」をレパートリーとしていました。キャリア晩年のCDに収録されていますが、レコード音源はなし。しかし、桜井敏雄とその仲間で形成されるグループは「オッペケ会」といい、「オッペケ・コンサート」を定期開催していまいた。「オッペケペー」への愛を感じます。そんなコンサートの模様は、こちらのライヴ盤で聴けます。

Album Title

復活!ヴァイオリン演歌 ’82 浅草木馬亭オッペケコンサート・ライヴ/桜井敏雄 (LP)

22AG930 CBS・ソニー

先にあげた神長瞭月もそうですが、聴けば、初期の演歌は現在の演歌と異なる部分が多いことがわかります。

かつて邦楽(いまでいう純邦楽)以外の歌は、「はやり唄」や「流行歌」と呼ばれていました。演歌、書生節、そして「オッペケペー節」も、そういった類の一つ。1968年は明治への改元から百年ということで、様々なイベントが開催されました。その一環で制作された明治文化を振り返るレコードにも、「オッペケペー節」が収録されています。

Album Title

歌と音でつづる明治 明治百年記念 (LP)

SKR8~9 キングレコード
Track
DISC1 B5:オッペケペー節

明治の時代に一世を風靡した「オッペケペー節」も、西洋音楽が日本に徐々に浸透していくと、その姿を消していきます。新録の「オッペケペー節」レコード、いわゆる音楽のレコードでは他には聴いたことがありません(同一音源別商品はあり)。もっと聴いてみたい。

音楽以外ですと、東北のチャップリンと言われた芸人・大潟八郎の実況録音盤の中に「オッペケペー節」が収録されています。

Album Title

笑いの天国 大潟八郎の秋田漫芸集 実況録音盤 (LP)

FZ7166 コロムビア

東北弁の漫談の間に披露するオッペケペー節で、聴衆の笑いを誘います。明治時代の川上音二郎の舞台でも、こんな風に客席を沸かせていたのかな。

大潟八郎と同じく、東北出身、語りで客を沸かせるといえば、吉幾三。

Single Title

俺ら東京さ行くだ~ 吉幾三 (7インチ)

CTS2003 徳間ジャパン

〽テレビも無エ、ラジオも無エ、自動車【くるま】もそれほど走って無エ 

このあとにそのまま、「オッペケペッポッペッポッポー」と言っても全く違和感がない。「オッペケペー節」は廃れたけれど、ビートにのせて七五調という文化は時を超えて繋がっている。きっと現在の日本のヒップホップにもその影響が・・・、あるのかどうか、今後も更にヒップホップを聴いて、確かめてみたいと思います。

というわけで、最近ヒップホップにハマっているというお話でした。

(つづく)

Profile
1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
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