演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.7 / 20 Apr. 2021
NHK朝の連続テレビ小説、通称「朝ドラ」。今現在放送中は、昭和の名優・浪花千栄子をモデルとしたドラマ『おちょやん』です。浪花千栄子は戦前に松竹家庭劇(後の松竹新喜劇)に参加し、座長である渋谷天外(二代目)と結婚することとなるわけです(後に天外が劇団員との間に子供を作り離婚)。渋谷天外は、戦前・戦後に活躍した上方を代表する喜劇役者。そんなわけで、『おちょやん』では戦前戦後の上方芸能がたっぷりと描かれております。笑芸好きにはたまりません。オイラ、毎日みております。
松竹新喜劇の演目の一つに『桂春団治』があります。酒・金・女にルーズ、破天荒な人生で知られる上方の落語家・桂春団治(初代)をモデルとした長谷川幸延の小説『桂春団治』を元に、舘直志(二代目渋谷天外の筆名。「たてなおし」のもじり)が劇化。初期は渋谷天外が、後に戦後の上方を代表する喜劇役者・藤山寛美が春団治役を務めた人気演目です。
連想ゲームのように朝ドラと桂春団治が繋がったところで、今回は春団治にまつわるレコードをご紹介しましょう。
まずはこの曲。間奏部分でセリフが入るドラマチック歌謡(語り入り演歌は最近こうよばれているらしい)のスタンダード・ナンバーとして、今も歌い継がれる名曲です。〽酒も呑めなきゃ女も抱けぬ、そんな阿呆は死になされ。という歌い出し、ここを聴くだけででもう、桂春団治がどういった芸人だったかがよ~くわかります。見事な歌詞。
歌うは京山幸枝若(初代)。艶やかな声が魅力的な関西浪曲界を代表する浪曲師の一人です。その声と節回しを自在に操り、浪曲に河内音頭に、そして歌にと、多数のレコードを残しています。魅惑のヴォイスでさぞかしモテたであろう幸枝若。酒に女にと勤しんだ春団治の姿と、妙にシンクロして聴こえちゃうんだな。
ちなみに、このリバスター盤のB面は、渋谷天外の事を歌った『SHIBUYA TENGAI渋谷天外』。こちらも併せてお楽しみください。
『浪花しぐれ「桂春団治」』は、こちらのヴァージョンもおすすめ。
浪花しぐれ「桂春団治」 藤田まこと (7インチ)
必殺シリーズの中村主水、はぐれ刑事の安浦吉之助など、お馴染みの役の多い俳優・藤田まこと。若かりし頃には歌手修行の経験もあり、役者として活躍しながらレコードも出しています。このシングル盤もそんな中の一枚。歌手・藤田まことを堪能できます。あの独特の声そのまんまで歌ってくれているのが嬉しい。子供の頃、「必殺」も「はぐれ刑事」も、夕方の再放送で毎日のようにみてました。藤田まこと大好き。キャリア初期は旅芸人やコメディアンとして活躍、TV俳優となった後も、舞台で桂春団治を演じるなど、芸人の心情への理解が深くあるだけに、落語への愛を語る語りパートは聴きどころです。
小説版のストーリーを楽しみたい方には、こちらがおすすめ。
女のまごころ 天津羽衣 (LP)
春団治が噺家として大成するまでを支えた姉・お愛、最初の妻・お浜に焦点を当てて、小説版の前半部分を浪曲化。オーソドックスな三味線伴奏もあり、洋楽器伴奏あり、歌ありと、レコードならではの浪曲/歌謡浪曲の折衷スタイルで羽衣節を堪能できます。
このレコードを聴く限りは、春団治はいい姉さんといい妻がいて幸せだったなと思いますが、小説を読むと次から次へと新しい女が・・・。
春団治と妻・お浜といえば、忘れちゃいけない曲があります。最後にご紹介はこちら。
浪花恋しぐれ 都はるみ・岡千秋 (7インチ)
1983年に発売されたこの曲、春団治パート(男声)を作曲者である岡千秋が、お浜パート(女声)を都はるみが歌うデュエット・ソング。80年代の音楽というとシティ・ポップやアイドル歌謡がフィーチャーされがちですが、当時は演歌も人気。この曲はオリコン・チャート最高3位を記録しています。
この曲の歌い出しも凄い!〽芸のためなら女房も泣かす。そんな男、今の時代は絶対ダメですよ。けどね、昔はこういう芸人がいたんです。飲む(酒)、打つ(博打)、買う(女)が芸の肥やしとされていた時代があったんですね。時代によって人々の価値観が変わっていくのは当然のことだし、昔より今の方が絶対良い時代だと思うけど、だからといってこういった曲が忘れ去られてしまうのはもったいない。時代の変化は受け入れ順応しつつも、昔の名曲を楽しめる心の余裕は持ちましょう。
さて、駆け足で春団治関連のレコードを紹介してきましたが、肝心の春団治のレコードがないじゃないかって?
初代桂春団治は当時爆笑王と呼ばれた超人気の噺家。SPレコードを多く吹き込み、LP化もされています。オイラも何度か聴いてみたのですが・・・。東京は東村山で生まれ育ちましたオイラにとって、春団治の喋る戦前の上方言葉に全く馴染めず、いまいちピンとこないんです。江戸落語も上方落語も両方楽しめる関西の人がちょっと羨ましいな。『おちょやん』で大阪の言葉遣いにも慣れてきたことだし、久々に初代春団治のレコードを聴いてみようかしら。
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。書店勤務を経て、現在はディスクユニオンの書籍販売担当として勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
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