演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.20 / 20 May 2022
Ep.19に引き続き、今回もテーマは「無法松」。前回は村田英雄を中心に、というか村田英雄のみで無法松をご紹介しましたが、今回は村田英雄以外の無法松にも触れ、無法松の魅力をさらに深堀していきましょう。
まずは前回たっぷりと取り上げた村田英雄のデビュー曲、「無法松の一生」のカバー・ヴァージョンを。
民謡出身を色濃く感じさせる独特の声質が魅力の金田たつえ。「花街の母」の大ヒットで知られています。1977年リリースのこのシングルは、ただの「無法松の一生」ではありません。冠に「金田たつえの~」と付きます。もはや自分の曲! 金田たつえの自信の表れでしょうか。しかも、「度胸千両入り」です。村田英雄の「度胸千両入り」版シングルの発売が1981年ですから、それより4年も前にシングルを出しています。さらに遡ること4年前の1974年、「度胸千両」単体でもカバーし、シングルをリリースしています。
度胸千両 金田たつえ (7インチ)
金田たつえはおそらく、無法松が好きなんじゃないでしょうか。いつか本人に聞いてみたい。
「無法松の一生」の作曲は古賀政男。昭和歌謡の父ともいわれ、数多くのヒット曲を生み出した偉大な作曲家です。明治大学マンドリン部の創始者でもあり、クラシック・ギターを抱えた写真を見たことある方も多いのでは。ギター、マンドリンなど撥弦楽器が好きなのか、日本生まれの撥弦楽器、大正琴の音色を愛したことでも有名で、自身の楽曲で多く使用しています。そんな大正琴をメインにインスト・アレンジされた「無法松の一生」がこちら。大正琴の演奏は、古賀政男本人によるものです。
大正琴のしらべ (7インチ)
シンプルな構造ゆえに単調な演奏になりがちな大正琴ですが、他の楽器とメロディ・パートを細かく分担し合い、飽きさせない編曲に仕上がっています。
古賀メロディのスタンダード・ナンバーとなった「無法松の一生」は、多くの歌手にカバーされています。「古賀政男名曲集」、「〇〇古賀メロディを歌う」といったタイトルの企画アルバムに収録されていることはしばしば。全て紹介していてもキリがないので、ここでは歌謡説明も楽しめるこちらのオムニバス・アルバムをご紹介。
芥川隆行がつづる男の演歌 無法松の一生 (LP)
芥川隆行の名調子がこちら。
男度胸の玄海育ち
荒い啖呵の無法松
女嫌いの男の胸に
秘める思いを誰が知る
どうせ実らぬ片恋ゆえに
捨てて太鼓の暴れ打ち
涙見せるな松五郎
無法松のストーリーを見事に想起させる美しく見事な七五調。何度も何度も繰り返し聴きたくなります。
無法松こと富島松五郎を歌った楽曲は、村田英雄「無法松の一生」だけにあらず。その他の無法松歌謡もご紹介しましょう。
まずは村田英雄と同じく浪曲出身、真山一郎。
王将 / 無法松の一生 真山一郎 (7インチ)
A面は「王将」、B面は「無法松の一生」って、村田英雄じゃん! と思いますが、どちらも村田英雄のものとは別の楽曲です。浪曲師としての対抗心があったのかどうかはわかりませんが、なかなか挑戦的なシングルです。
九州熊本の大スター、ばってん荒川も松五郎を歌っています。
あゝ熊本城 / 無法一代 ばってん荒川 (7インチ)
普段はお米ばあさんに扮して笑いを誘うばってん荒川ですが、歌はいたって真面目。いわゆる”ド演歌歌唱”で松五郎を歌い上げます。
坂本冬美も、デビューから2枚連続で無法松歌謡。
あばれ太鼓 坂本冬美 (7インチ)
あばれ太鼓 無法一代入り 坂本冬美 (7インチ)
デビュー曲の『あばれ太鼓』に、「無法一代」というパートを挿入したのが2枚目のシングル『あばれ太鼓 無法一代入り』。このスタイルは、そうです、『無法松の一生 度胸千両入り』と同じ構成。村田英雄、そして古賀政男へのオマージュ。作曲は古賀政男の弟子、猪俣公章です。
充分に歌謡曲を楽しんだところで、「富島松五郎伝」のストーリーもレコードで味わいましょう。浪曲版「無法松の一生」は、村田英雄以外にも中村富士夫版があります。
無法松の一生 / 恋の坂崎出羽 中村冨士夫 (LP)
成長するにつれ、松五郎から心が離れていく敏雄。そりゃまあ、無法者であることがあだ名の人が身近にいれば疎まししい。それは、わかる。わかるけど、なんだか物悲しい。そんな浪曲版の無法松。
河内音頭版無法松は、またしても登場、金田たつえ。
河内音頭 度胸千両 / お夏清十郎 金田たつえ (LP)
この他にも金田たつえは、『歌謡劇場 無法松の一生』、『無法松の一生 金田たつえベスト』などなど、無法松を冠したレコードをいくつも出しています。もうこれは絶対、無法松のことが大好きなんでしょう。
前回も書きましたが、『富島松五郎伝』という小説が「無法松の一生」と呼ばれるようになったのは、阪東妻三郎主演の映画の影響。そんな阪妻を偲んで、長男の田村高廣が松五郎を演じた企画モノのドラマ・レコードがこちら。
阪妻を偲ぶ 雄呂血 / 無法松の一生 (LP)
松五郎の他、吉岡大尉は岸田森、吉岡夫人は津島恵子、敏雄の青年期は田村亮という豪華な配役。音声だけではもったいない。ぜひ動く姿も観たかった。
阪妻本人の無法松はこちらのレコードで聴けます。
阪妻 阪妻映画上映記念盤 (2LP)
しかし、こちらは本筋とはそこまで関係ない場面の抜粋ですので、ストーリーを楽しむには不向き。阪妻の無法松を楽しみたきゃ、映画を観るのが一番です。
と、ここまでが「富島松五郎伝」の無法松。無法松というワードは富島松五郎という一人の人間を飛び越え、無法者、荒れくれ男であることの称号となっていきます。そして、富島松五郎ではない、アナザー無法松を歌った歌謡曲が生まれるのです。
北海恋唄 島谷牧子 / 北海の無法松 高田緑郎 (7インチ)
海の無法松 星乃大作 (7インチ)
どちらのレコードで歌われているのも、小倉生まれで玄海育ちではない、違う海で育ったアナザー無法松。どこの地域でも、荒れる海は荒れる男を生み出すのです。しかし、無法松は性別をも超え、荒れくれ者の女性にも使われます。
おんな無法松 松風竜子 (7インチ)
おんな無法松 花村菊江 (7インチ)
男でも女でも、暴れん坊の称号は無法松。このように、無法松は演歌・歌謡曲界のパワー・ワード。村田英雄「無法松の一生」以降、様々な無法松歌謡が生まれています。試しにヤフオクやメルカリで「無法松」「松五郎」「無法一代」などと検索してみてください。ここに載っていない無法松がたくさん。平成以降も無法松歌謡は生まれ続けているので、CDにも守備範囲を広げれば、さらなる無法松が! 「無法松」というワードでレコード / CDを探し続けるだけで、音楽ライフが楽しくなること間違いなし。オイラはこれからも生涯をかけて、無法松を追い続け、一生無法松を楽しみます。
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
Our Covers #029 伊藤一樹