演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.25 / 21 Nov. 2022
編集担当を務めた『円丈落語全集3』が遂に発売となりました。新作落語のパイオニアと称される三遊亭円丈は、生涯で三百本以上の新作落語を創作。既成の落語の概念を打ち破る作品の数々は、古典落語全盛の落語界に一石を投じ、ニュー・ウェーブを作り出します。後輩たちを刺激し、円丈をみて落語家を志す後進を生み出したその影響力は大きく、一九八〇年代以降の落語家たちは、多かれ少なかれ円丈落語の影響を受けているといっても過言ではないでしょう。
三遊亭円丈は、晩年まで新作落語を作り続けました。ドキュメンタリー番組で取材された際に、こう語っています。
「新作落語家は、ネタを作り続けるから新作落語家なんだよ」
円丈スピリッツとはなにかを感じさせる名言です。
と、まあ、世の中の落語家全てが、円丈師匠のように崇高な新作落語精神で新しいネタを創作し続けているかといえば、そうでもないんですね。いわゆる新作派とよばれる落語家の中には、自作の同じネタを何年も何年もやり続ける人がいます。その代表格は、なんといっても三遊亭圓歌(三代目)でしょう。一九八〇年代後半以降、高座でかけるネタのほとんどが『中沢家の人々』というネタ。先の妻の両親と、後妻の両親と、自分の両親、ジジババに囲まれた生活を綴った漫談ネタです。二〇一七年に亡くなるまで、ほとんどこのネタ一本でやり通した。すごい。なにが凄いって、何回も同じ噺をやる方もやる方だけど、聴く方も聴く方で、何回聴いても笑っちゃうんだから凄い。
三十年近く『中沢家の人々』のやり続けた圓歌師匠。このネタが生まれる前にも、同じネタを約二十年やり続けていました。それが今回のテーマ、『授業中』です。
圓歌襲名前、まだ二つ目で二代目歌奴を名乗っていた時代に生み出された新作落語『授業中』は、歌奴の出世作。タイトル通り小学校での授業中の風景に、バカにしちゃ悪いんだけど思わず笑っちゃう田舎言葉、ドイツの詩人カール・ブッセの詩の一節、お得意の浪曲ボイスを盛り込み、聴きどころと笑いどころが満載。江戸や上方で発展した落語は都市芸能という側面がありますが、都会から地方公演まで、インテリ層から無教養な人まで、老若男女ほぼ全員を笑わせる驚異的な新作落語なのです。
三遊亭歌奴の人気を不動のものとした『授業中』は、その人気からたくさんのレコードが作られています。どのレコードを聴いても面白い。まだ、持っていない方、一枚くらい持っていても損はありません。というわけで、レコード屋さんで見かけたら是非買って聴いて欲しい、『授業中』のレコードを紹介します。
まずはレコード片面いっぱいまるっと収録のフル・バージョンから。
ジャケ写は『授業中』の中の有名なフレーズ「山のアナアナ」の場面。ご覧の通り、メガネをかけたまま高座を務めています。歌奴が売れ始めた一九五〇年代、高座でメガネをかけているのはかなり珍しく、歌奴が初と言われています。その他、黒紋付以外の紋付を着て高座に上がったのも初、女性の弟子を取ったのも初(三遊亭歌る多。古今亭菊千代とともに、女性初の真打昇進)。新作派らしい、柔軟な考えの持ち主です。
このLPは、三代目圓歌襲名後に、ジャケットを替えて再発されています。
落語 授業中/月給日 三遊亭歌奴 (LP)
再発盤もやっぱりジャケットは「山のアナアナ」。B面収録の『月給日』も自作の新作落語で、給料日に会社の同僚同士で酒を飲み行くだけの噺。それだけなのに、これもまた面白い。『授業中』の子供たちが成長してサラリーマンになっているという設定があるそうで、さらに成長して社長になると、歌奴のもう一つの定番ネタ『浪曲社長』となります。
お次はカップリングLP。
邦楽精選40 落語(四)授業中/痴楽つづり方狂室 (LP)
先にあげた二枚と同じ、コロムビアの同一の音源を収録。ジャケ画はやっぱり「山のアナアナ」。カップリングのお相手は、歌奴同様の爆笑新作派・四代目柳亭痴楽です。このLPは、日本の伝統芸能・音楽を紹介する「邦楽精選40」というシリーズの中の一枚。そこに新作落語が割って入るわけですから、いかに『授業中』がスタンダード化していたかがわかります。
落語・授業中・寝床 (LP)
こちらは爆笑古典派・月の家円鏡(五代目。後の八代目橘家圓蔵)とのカップリング。レコード会社はテイチクですので、コロムビア音源とはもちろん別物。要所要所は同じフレーズを言いますが、その他はだいぶ違っています。同じネタを何年もやっているからといって、寸分違わず同じ内容ではありません。その場その時に合わせて中身を変えるのが、落語の面白いところ。だからこそ、何十年も同じ噺を聴いていても、毎回笑ってしまうのでしょう。
内容が変わるだけでなく、ネタの長さも伸縮自在。ここからは、『授業中』ショート・バージョンが収録されたレコードをご紹介。
インスタント寄席 (10インチ)
落語以外にも、漫才、ボーイズ、ものまねなど、様々な演芸が収録されたタイトル通りの寄席スタイルな一枚。10インチ盤なのでそれぞれの持ち時間は少なく、歌奴は約四分で『授業中』を披露。最小限のマクラと、要所をおさえた展開のみですが、これだけ圧縮してもやっぱり面白い。
名作落語集 (LP)
懐かしい日本のメロディ(16) 風流お座敷唄集 (LP)
こちらの二枚は約六分半で演じているバージョン。先の10インチ盤から収録時間が二分違うだけで、くすぐり(ちょとした笑い、ギャグのこと)も増え、噺がさらに華やかになります。
お次はソノシートを三点。
お笑い演芸館 (ソノシート×3)
落語バラエティ 授業中 三遊亭歌奴 (ソノシート)
寄席 1966年第3号 落語ソノシート 授業中 – 三遊亭歌奴 (ソノシート)
通常のレコードより安価に製造できるソノシートは、本や雑誌の付録、企業のノベルティなどで多く作られました。そういったものに使われるということは、人気の証拠でもあります。ちなみに、『お笑い演芸館』は『懐かしい日本のメロディ(16) 風流お座敷唄集』と同一の音源を使用。
このように、『授業中』は何度も何度もレコードに収録されています。もちろん、地方公演に行けば必ずといっていいほど『授業中』を求められ口演し、ラジオでも何回も放送され、テレビでも演じ、『授業中』は当時の日本国民の多くが知るスタンダードな新作落語だったのです。
そんな人気落語は歌にもなりました。
落語野郎 三遊亭歌奴 (7インチ)
『授業中』に出てくるフレーズ、エピソードを歌詞に盛り込んだ歌謡曲。昭和の時代、歌手かどうか、歌がうまいかどうかは関係なく、人気者は歌を吹き込むのです。
作中に登場する有名なフレーズ「山のアナアナ」。このフレーズはCD時代になってからも歌になりました。
山のあな あな ねぇあなた 柳亭市馬 (CD)
現・落語協会会長、柳亭市馬によるシングルCD。古典落語もさることながら、懐メロ歌唱にも定評がある市馬会長。歌の内容は『授業中』とは全く関係ないけど、「山のアナアナ」のフレーズを引用して、まあ、明らかに『授業中』を意識した歌詞です。しかし、会長、歌がうまいな~。
このCDのカップリング曲は三波春夫の『俵星玄蕃』。市馬会長は、三波春夫のご遺族に歌唱許可をいただき、たびたび人前で披露しています。
『俵星玄蕃』といえば忠臣蔵。あ、もうすぐ十二月、忠臣蔵聴かなきゃ。次回はまたもや忠臣蔵レコード特集かな。円丈にはじまり忠臣蔵にたどり着く。年末に向けて忙しく脳内がとっ散らかっておりますもんで…。
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
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