演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.22 / 20 July 2022
今年は早々に梅雨が明けてしまい、早くも暑い夏がやってきた。何をしても汗ばむし、涼みにかき氷を食べようと入った喫茶店は冷房で寒いし、夏が苦手な人も多いのでは。いやいや、夏には楽しいこともある。夏といえば、夏祭りに盆踊り。
地元自治会のお祭りでは100円かそこらで買えたわたあめが、神社の祭りのテキ屋で買うと500円もしてびっくらこいたり、金魚すくいでとった金魚を夜の学校に忍び込んで池に放したり、夏祭りの思い出は尽きません。盆踊りタイムになると、我が地元東村山ではほぼ100%「東村山音頭」がながれていました。
日本には、各土地々々にご当地音頭があります。その地域に脈々と受け継がれた伝統的な音頭から、「東村山音頭」のように町おこし村おこしで新たに作られた音頭まで種類は様々。どの音頭にもそれぞれ魅力たっぷりなのですが、演芸好きのオイラの心に刺さるのは、大阪の河内音頭。元は祭文語りなどから進化したといわれる東大阪の伝統的な音頭です。江戸から昭和初期にかけて様々な芸能を取り入れ発展し、戦後は洋楽器を取り入れ現在の形に進化していきます。演芸視点からみる河内音頭の最大の特徴は、浪曲などの演題を取り入れたストーリー・テリングな音頭だということ。語られる物語は国定忠治や瞼の母、義士伝など、演芸好きにはたまらないラインナップ。講談や浪曲も好きなら、河内音頭も絶対にイケます。
そんなこんなで、〈河内音頭〉というワードを注視しながらレコードを探すようになり気が付いた。民謡系のオムニバス・レコードに河内音頭が入っている。そりゃそうだ。よく考えてみれば、オイラ的には河内音頭=語り芸だけど、一般的には河内音頭=民謡だもの。収録されているのは3,4分のショート・バージョンですが、思わず体が動きだす名演・名唄。
民謡のレコードのほとんどは投げ売りのような安価。リサイクル・ショップのジャンク・コーナーで河内音頭入りのレコードを見つけると、君はここにいちゃいけない、オイラが聴いてあげる。そんな気が沸き起こり、ついつい買ってしまうのです。今回はそんなリサイクル・ショップでのフィールド・ワークの成果、「河内音頭」が収録されたオムニバス・レコードをご紹介しましょう。
まずは最多所持、ビクター民謡レコードの初音家賢次。
豪華愛蔵盤 日本民謡のすべて(上) (2LP)
決定盤 日本の民謡ベスト一〇〇② (LP)
豪華盤 日本民謡のすべて 上 (2LP)
正調盤! ふるさとの民謡 (LP)
決定盤 正調 ふるさとの民謡(上) (2LP)
決定盤 日本の民謡 / 近畿篇 (LP)
決定盤 日本の民謡(下) (LP)
EPもあります。
民謡ゴールデン・シリーズ 大阪府民謡 河内音頭 / 京都府民謡 福知山音頭 (7インチ)
これらのレコードは1970年代にリリースされたもの。昭和の日本では何度か民謡ブームが起こりますが、この時代もブーム真っ只中。
日本各地に鉄道網を充実させた国鉄は、1970年に「ディスカバー・ジャパン」というキャンペーンを開始。日本全国各土地々々の魅力をPRし、個人の国内旅行需要喚起を狙いました。このキャンペーンは大成功し、これを機に日本各地に残る伝統的な文化や芸能が見直されます。伝統文化が観光ナイズドされて変質してしまうという悪い面もあるものの、民謡も注目され、各地の民謡を集めたレコードが数多く発売されました。ここで上げたのは河内音頭収録のもののみですが、タイトルに「上」とか「〇〇篇」とか通し番号があることを考えると、いかにたくさんの民謡レコードが発売されていたかがわかるでしょう。
音頭取りの初音家賢次は、現代的な河内音頭を作り上げた第一人者の一人。声と節回しが絶品です。ちなみに、これら9枚のレコードは全て同一の音源です。
ビクター以外の民謡レコードもみていきましょう。まずはコロムビア。
決定盤日本民謡集 ふるさとの歌 近畿篇 (LP)
民謡決定盤8 日本民謡全集 中部・近畿編 (LP)
関西コロンビア民謡会 おはこ民謡競演集 (LP)
民謡お国めぐり200曲選86 大阪 三十石船唄 / 河内音頭 (7インチ)
コロムビアでも4枚中3枚に初音家賢次が登場します。ビクター音源とはやや歌詞が異なります。
その他、ポリドールとキャニオンはこちら。
日本民謡名選 (2LP)
全国民放選定 ふるさとの民謡シリーズ 串本節 近畿篇 (LP)
ポリドール盤は不世出の天才といわれた音頭取り、三音家浅丸を収録。初音家とは違った細やかな節回しとリズムの揺らし方を堪能できます。
河内音頭が収録されているのは民謡レコードだけではありません。盆踊りレコードにも収録されています。ま、似たようなもんか。
豪華盤 ふるさとの盆踊り (LP)
決定盤 日本の民謡 盆踊り唄篇 (2LP)
盆踊り大全集 (2LP)
近代的盆踊りを全国に広めたのはビクター。営業マンが各地に出向き、レコード売って、振付教えて広めていったそうです。そんな自負もあってか、ビクターからは多数の盆踊りレコードが発売されています。「河内音頭」収録盤は現在こちらの3点を確認。内2点はやはり初音家賢次。先にあげたものと同一音源です。3番目のRCAレーベルからでたものは別の音頭取りが唄っています。
かつて河内音頭は、寄席やお座敷でも披露されていたそうです。そんなこともあるのかないのか、こんなレコードにも収録されていました。
かくし芸大会〈宴会余興用〉 (LP)
勝新太郎主演の映画『悪名』シリーズでも、親分衆の前でカツシン演じる朝吉が河内音頭を披露するシーンがあります。宴席で河内音頭を唄うなんて、ちょいとオツではあ~りませんか。
映画といえば、村田英雄主演の『男の勝負 仁王の刺青』の中で、大阪の長屋の子供たちが河内音頭に興じているシーンがありました。昔の河内音頭はレクリエーションだったのでしょうか。そんなこともあるのかないのか、こんなレコードにも収録されていました。
レクレーション百科 ふれあうおどり2 (LP)
裏面解説によると、伝統的な祭り(つどい)を構成しているのはうた(音楽)であり、遊戯・ゲームであるとのこと。おお、河内音頭はレクリエーションだ。
民謡オムニバス・レコード、河内音頭以外のラインナップをみると気が付くことがあります。一人の歌手が、様々な土地の民謡を唄っているのです。
民謡はあるときから民謡というジャンルが固まり、各地の民謡を統合したような歌い方ができあがります。そうすると、一人の歌手で日本全国の伝統的な曲を唄えてしまうわけです。
伝統的な曲というけど、果たしてそうなのか。日本の各地域には卑猥な唄や地域の因習を反映した唄もあったそうですが、交通網の発達で外部の人間が流入。人目を気にするより、そういった唄は消えていったそうです。残っているのは観光ナイズドされ変質した芸能!
とはいえ、全てが消えてなくなるよりは残っている方がありがたい。その時代に合わせて変質することは、芸能が生き残る宿命なのかもしれない。その点、河内音頭は伝統を残しながらも常に変質しながら進化し続け、今も多くの人を楽しませている。なんてバイタリティ溢れる芸能だこと。河内音頭からエナジーをもらって、暑い夏を乗りきろう!
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
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