演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.14 / 20 Nov. 2021
「冬は義士、夏はお化けで飯を食い」
講談師·神田山陽(二代目)の残した有名な句です。講談だけならず、浪曲や落語の世界には忠臣蔵を題材にした演目が多くあります。討ち入りの12月14日が近づく冬になると、様々な演芸会で忠臣蔵ネタが取り上げられ、それを目当てに多くの演芸ファンが集まります。冬は忠臣蔵、夏場は怪談。長年愛されてきたお決まりのパターンです。
そんなお決まりのパターン、しっかりと踏襲させていただきます。今回も昨年末同様の忠臣蔵レコード特集です。口演を収めたものや、映画·ドラマのサントラなど、忠臣蔵レコードもいろいろありますが、今年取り上げるのはシングル盤。3~4分の間にぐっと忠臣蔵の世界に引き込まれる7インチ·レコードをご紹介しましょう。題して、忠臣蔵シングル・コレクション。
まずはこの曲、昨年に引き続きのご紹介。昨年はLPのジャケ写を掲載しましたが、今年はシングル盤のジャケ写をご覧ください。
歌と音楽の成分が強い浪曲、歌謡浪曲の第一人者である真山一郎(初代)が1961年に発表したヒット曲。イントロの鼓の音一発でグっと「和」の世界に引き込まれます。忠臣蔵の物語の発端、松の廊下の刃傷事件を3分半でまとめあげる構成力、特徴的な艶やかな高音の歌声とドラマチックなセリフ回し、全てに圧倒される珠玉の名曲です。
続きまして、ジャケ画が美しいこちら
美少年忠臣蔵 橋幸夫 (7インチ)
惜しくも本年2021年での引退を発表した橋幸夫の1962年のシングル。「南海の美少年」、「東京の美少年」に続く美少年シリーズの一曲。吉良邸に討ち入った四十七士の内、大石主税(当時15才)と矢頭右衛門七(当時17才)という二人の美少年を取り上げた楽曲です。発売当時19才の美少年だった橋幸夫の歌唱力の高さ、ズンズンズンという軍歌調四つ打ちのリズムの荘厳さ、詩・曲・歌い手が見事にマッチ。曲間に入る陣太鼓も気分を盛り上げます。
続いても、ジャケ画が魅力的なこちら。
天野屋利兵衛は男でござる 大木伸夫 (7インチ)
浪曲師、歌手の大木伸夫、1962年のシングル。刃傷事件から討ち入りまでの本筋の他にも、様々なサイド・ストーリーが存在する忠臣蔵。その中でも人気のエピソード、「天野屋利兵衛」を元にした楽曲です。
討ち入りに参加した四十七士のサイド・ストーリーが多い忠臣蔵ですが、天野屋利兵衛は武士にあらず。討ち入りに必要な武具を調達した大阪の武器商人。不審な動きを奉行所に察知され取り調べをうけるも、決して口を割らない。討ち入りの志を立てた大石への義理、息子を拷問にかけると脅されても忠義を優先させる。遠い昔に存在した「男の美学」ってやつです。
一節のロングトーンの中で、様々な声色とヴィブラートを使い分ける大木伸夫の見事な歌唱力。そして、曲のタイトルでもあり、歌舞伎、浪曲、講談、フォーマット問わず必ず出てくる名セリフ「男でござる」は聴きどころでござる。
続きましてはインスト曲です。
あゝ忠臣蔵 渡辺岳夫とチェンバリカ・アンサンブル (7インチ)
1969年に放送されていた連続ドラマ『あゝ忠臣蔵』テーマ音楽のシングル盤。ジャケ写は刃傷事件の場面。浅野内匠頭役は、当時27才の松方弘樹。播州赤穂の殿様とはいえ我慢しきれずキレちゃう役どころなので、ちょいと若めの俳優が起用されることもよくあります。
時代劇の劇伴の面白さは、時空の超越。舞台にしている時代には、ドレミの音階もドミソの和音も存在しないわけです。にもかかわらず、西洋音階でオーケストラナイズドされた音楽に江戸の風と武士の意気地を感じる。このミスマッチのマッチング、音楽の持つ包容力を多分に感じられるのが時代劇です。
渡辺岳夫の劇伴はチェンバロを用いることが多く、本作でも主旋律はチェンバロ。硬質な鉄弦の響きをストリングスが包み込み、エレベがボトムを支える。文字を読んでいるだけでは信じられないでしょうが、聴けば、浅野家の悲哀と赤穂浪士の秘めたる思いが浮かび上がってきます。これが毎週ながれるわけですから、気分は高まりますね。
お次は変わり種の忠臣蔵ナンバーをご紹介。
世界英雄史 ピンク・レディー (7インチ)
B:ザ・忠臣蔵 ‘80
ピンク・レディーがアメリカの活動を終え帰国後の第一弾シングル「世界英雄史」。このB面が忠臣蔵ソングなんです。忠臣蔵ソングとは言っても、刃傷事件も四十七士も歌っていません。恥をかかされた失恋と忠臣蔵の物語とを重ね合わせ、仇討ちしよう!ヤル気出せ!と鼓舞する内容。そんでもってサビのフレーズは、
〽CHU-SHIN-GURA, GURA Ha…~
ピンク・レディーだからこそ表現できる独特な世界観。面白過ぎる!
そして、最後に紹介しますのは、忠臣蔵歌謡といえば外せないこの大曲です。
俵星玄蕃 三波春夫 (7インチ)
今も多くの歌手に歌い継がれている、国民的歌手・三波春夫の代表曲。俵星玄蕃とは忠臣蔵に出てくる創造上の人物。四十七士の一人である杉野十平次と関係のあった槍術の名手とされています。なのでジャケ写の三波春夫は凛々しく槍を構えているわけです。
正確な曲名は「長編歌謡浪曲 元禄名槍譜 俵星玄蕃」。長編歌謡浪曲とつく通り、長い。フル・コーラスで8分19秒。通常仕様ですと7インチで収まり切らないので、回転数は33回転です。朗々と歌い上げる歌パート、美しき中京節の節回しにオーケストラ伴奏が付く浪曲パート、講談調の語りで盛り上げる台詞パートが三位一体となって作り上げる、超ド級エンターテイメント歌謡曲。台詞パート終盤、どんどんテンポがはやくなって最高潮に盛り上がり、歌パートに戻る瞬間の緊張の緩和。ここが快感です。三波春夫は「東京五輪音頭」と「世界の国からこんにちは」しか聞いたことがないなんて人、いるんじゃないでしょうか。その人にもぜひこの曲を聴いてもらって、この快感を味わいましょう。
駆け足で忠臣蔵のシングル盤を紹介してきましたが、世の中にはまだまだ忠臣蔵レコードはありますし、我が家にもまだまだあります。サントラ、歌謡曲、コミックソング、落語・浪曲・講談・・・。やりますよ、来年も忠臣蔵特集。こうご期待!
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。書店勤務を経て、現在はディスクユニオンの書籍販売担当として勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
Our Covers #029 伊藤一樹