レコード盤★盤<br>“浪曲で味わう日本文芸「滝の白糸」”
feature #060

レコード盤★盤
“浪曲で味わう日本文芸「滝の白糸」”

演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。

伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.12 / 21 Sept. 2021

←Ep.11

落語や浪曲など演芸のレコードが好きなもんで、コツコツ買い集めています。こういった非・音楽レコードは市場価格が低いため、レコード屋さんでの取り扱いが少なく、あまり売っていません。なので、廃品回収の如くどんなレコードでも買い取ってくれるようなリサイクル・ショップを中心に足を運んで買っています。だいたいお値段はレコード1枚100円です。

こういった3ケタ前半で買えるようなレコード、いわゆる〈安レコ〉に慣れてしまうと、4ケタを超えるレコードを買うのに躊躇します。そういう体質になってしまいました。

そんなオイラでも、たまには高いレコードを買います(といっても5,000円未満ですが)。最近ですが、藤圭子のライヴ盤を買いました。

1969年に「演歌の星」のキャッチ・フレーズと白いギターを引っ提げ17才(本当は18才)でデビューした藤圭子。初期のLPやベスト盤、シングル盤などはお手頃価格で買えますが、それ以外のオリジナル・アルバムは、定価超えはもちろん、中には5ケタの価格が付くものも。抜群の歌の巧さ、ミステリアスなルックスと存在感、宇多田ヒカルの母だという事などなど、様々な魅力が相まって価格高騰中です。

そんな藤圭子のインタビュー集である沢木耕太郎『流星ひとつ』の中で、自身が出演し、その出来に満足していたと語っているテレビの歌番組、NHKの『ビッグ・ショー』。この番組の模様がLP化されているのです。以前から欲しいな、聴いてみたいなと思っていましたが、遂に、思い切って、購入した次第です。

このレコードの中で藤圭子は、歌謡浪曲『滝の白糸』を歌っています。本サイトのテーマはカバー曲。「滝の白糸」といえば、映画になったり、石川さゆりも歌っていたりと、このコラムのテーマにもってこいではないか! せっかく高いレコード買ったんだし、活用するぞ! と意気込みまして、今回のテーマは「滝の白糸」です。

根が真面目なもんで、まずは書くにあたって原典を。「滝の白糸」の原作は、泉鏡花の『義血・侠血』という短編小説。早速この作品が収録されている岩波文庫を買ったのですが・・・、読めない。言葉遣いというか、文体が、あまりにも現代とかけ離れているのです。まずい、このままでは「滝の白糸」の元のストーリーがわからないぞ。

しかし、こんな時にもレコードがある。というわけで、まずご紹介するのは、とあるリサイクル・ショップで100円で出会えたこのレコードです。

Album Title

滝の白糸 天津羽衣 (LP)

NL2154 テイチク

浪曲の世界には、本を読めない/読まない人にも文芸作品の楽しさを知ってもらおうという〈文芸浪曲〉というジャンルがあります。このレコードもその一つ。演芸作家、室町京之介による翻案、天津羽衣による口演で「滝の白糸」を味わえます。原典が難しくて読めないので、まずはこれを聴きました。

三味線だけでなく洋楽器(このレコードではテイチク管弦楽団)の劇伴入りの歌謡浪曲スタイル。話芸としても音楽としても楽しめます。

浪曲の音楽としての側面である細やかな節回し、相三味線の妙、浪曲師の声そのものが持つ魅力に聴き惚れていると、ストーリー展開を逃しちゃうってことがよくあるんですが、この手のレコードにはジャケ裏やライナーに口演の速記が載っています。このレコードのジャケ裏もほらこの通り。

こいつを見ながらレコード聴けば、ストーリー展開も浪曲の音楽性もばっちし楽しめます。天津羽衣の細やかな節回しは絶品。

ここで、オイラと同じく『義血・侠血』が難しくて読めない、また、浪曲版のレコードも持ってないよという人のために、さくっとストーリーをご説明。

水芸の旅芸人、滝の白糸こと水島友は、法曹界を目指し勉学に励む書生、村越欣弥に恋をする。村越が貧困のため学問を続けられないと知った白糸は、金銭的な援助を申し出、仕送りを続ける。

とはいえ、旅芸人ではいつまでも金を送り続けられない。白糸は、贔屓の金貸しの男性の元を訪れ借金を依頼するが、肉体関係を強要され、ひと悶着の末に殺害してしまう。

殺人罪で捕まった白糸。初公判の日、検察席には見事夢を叶え検事となった村越欣弥が。白糸は村越の今後を案じ、殺人の引き金となった金銭援助の事を隠す。しかし村越は、白糸が自身へ送金する金を用意するための犯行であったと裁判官に打ち明け、白糸との誠の愛を貫くのであった。

浪曲版はここでおしまい。がんばってラストだけ読んだ泉鏡花の原作では、白糸は死罪、その後、村越は自殺。なんとまあ悲しい、オールド・タイム日本の悲恋物語です。

この物語が歌となったのが石川さゆりのシングルです。

Album Title

滝の白糸 石川さゆり (7インチ)

AH945 コロムビア

曲名からして当たり前ですが、この曲は「滝の白糸」をモチーフとしています。ですので、元のストーリーをわかっていないと楽しめない。わかって聴くと、歌詞が沁みる。特に3番、

〽好いた御方に裁かれて

なんて泣けるじゃないですか。逆に言うと、ストーリー知らないと、この歌詞の意味がちんぷんかんぷんなんですけどね。

この曲の発売は1988年。1980年代後半の石川さゆりは、若さと巧さが高い地点で交錯した絶頂期(と、オイラが勝手に思っています)。素晴らしき歌声で、濃密な歌物語が堪能できます。

そして最後にご紹介する「滝の白糸」は、藤圭子です。

Album Title

ビッグ・ショー 藤圭子 演歌・浪曲・おんなの涙 (LP)

RVL7045 RVC

先にご紹介の通り、NHKの歌番組を丸ごとパッケージしたLP。歌謡曲全盛の時代とはいえ、歌手一人をフィーチャーした歌番組は少なく、この番組に出演できることは一つのステータスであり、また、歌手としての魅力を存分に発揮できる場であったそうです。45分少々という短い時間ではありますが、ヒット曲満載のステージ。そんな中、A面ラスト、前半のハイライトとして歌っているのが歌謡浪曲「滝の白糸」です。藤圭子の両親はともに浪曲師。それもあっての企画モノ的選曲だったのではと思います。芸は血筋でやるもんではないと思ってはいますが、やはりどんな節を聴かせるのか気になりますよね。

曲が始まると、デビュー当時から変わらぬ凄みのある歌声で芸人・白糸を歌い上げる。一番が終わると、瀧とよ(曲師)の浪曲三味線が始まり、三味線一丁バックに藤圭子の節回しが始まります。さあ、来た、来た、どうかな・・・、あれ、そんなに巧くないぞ。

歌の巧さは飛びぬけている藤圭子ですが、浪曲パートではその迫力ある声が一本調子となり、抑揚も少なく、浪曲ファンとしては全くもって物足りない。オンタイムのリズムでメロディを操るのと、フリーなタイム感で節を回すのは、全く別の歌唱技術なのだと改めて思いました。そう考えると、浪曲の世界でも歌謡曲の世界でも成功を収めた浪曲師たち、二葉百合子、三波春夫、村田英雄などは、もの凄い修練で双方の技術を身に付けたんだろうなと思います。

とは言えこのレコード、歌パートは素晴らしいし、アルバム自体はすごくいい。思い切って買って良かったことには変わりなし。いつもより値が張るレコードを買ったことで、このコラムもかけましたし、一生縁がないのではないかと思っていた泉鏡花の本を手にすることにもなりました。ストーリーはしっかり把握したことだし、もう一度、原典を読んでみようかしら。

つづく

Profile
1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。書店勤務を経て、現在はディスクユニオンの書籍販売担当として勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。 https://twitter.com/RAKUGORECORD
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