講談怪談名作選 一竜斉貞丈 (LP)
B:牡丹燈記
演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.34 / 21 Aug. 2023
暑いです。夏だから仕方がないのですが、今年も暑い。暑いと言ったところで気温が下がるわけではないですが、やっぱり暑い。
夏が暑いのは今に始まったことではなく、昔からやっぱり夏は暑かったわけです。冷蔵庫も冷房もない時代、先人たちは暑さを紛らわす術を残してくれました。その一つが、怪談です。背筋も凍るなどと形容されるように、外気が暑くてもヒヤッとする快感、気持ちいですね。
夏に怪談という文化は、歌舞伎から始まったと言われています。もっとも当初は、暑さで落ち込む集客対策として、大掛かりな仕掛けを用いた怪談モノの演目でお客様を呼び込もうとしたわけですが、お盆の時期とも重なりますし、何より怖い話はぶるぶるぞくぞくとして、暑気払いにはちょうどいい。というわけで今回は、見ても聴いてもぞくっとするようなレコードを紹介します。まずは寄席演芸から。
見るからに気持ち悪いジャケット。レコード屋さんでパタパタしている時に突然これが現れたら、一瞬手が止まります。
歌舞伎同様、寄席でも怪談噺は夏の人気演目の一つ。語り芸ですので、歌舞伎のような大掛かりな仕掛けはありませんが、噺を彩る効果音が入ります。ドロドロドロドロっと鳴る太鼓、ポルタメントを効かせてヒューっとなる笛が定番。それぞれ、薄どろ、ねとり笛と呼ばれています。これだけで十分におどろおどろしい雰囲気になるのです。スタジオ録音のこの講談レコードには、語りはもちろん、この薄どろとねとり笛もたっぷりと収録されています。ライヴ録音と違い客席のノイズがない分、より怪談の世界に没入できる仕上がりです。
昔ながらの寄席の効果音に当時の先端技術を合わせ、更に怪談に没入できるレコードがこちら。
涼しげなジャケットにうっとりするこのレコード、薄どろやねとり笛などの鳴り物の他に、シンセサイザーによって生成された効果音も入ります。さらに、録音にも凝っていて、バイノーラル録音という方式で録音されています。人間の頭部の形をした模型の両耳部分にマイクを取り付けて録音する方法で、ヘッドホンやイヤホンで聴くと、その場にいるかのような臨場感を味わえるという代物です。演者は林家正蔵(八代目)。録音当時、八十三才です。この年齢にして新技術を受け入れる姿勢は凄い。ライナーを読むと、正蔵師匠は録音された音を確かめながら、話し方も工夫していたようです。バイノーラル録音と怪談噺の邂逅をお楽しみください。
話芸による怪談レコードもいいですが、怪談の音世界をもっと楽しみたい人におすすめはこちら。音響効果の大家、加納米一企画・構成による怪談レコードです。
サンプリングされた自然音を加工し、人の声は必要最小限、おおよそほとんどの日本人が知っているような怪談噺を、音で表現している意欲作です。ストーリーテラーがない分、音が想像力を掻き立てます。頭の中には物語が勝手に再生され、どんどん自分を追い込み怖くなる。ライナーにも書いてありますが、実際に奇怪なことが起きるとき、周りに音は鳴っていないはずです。大抵奇妙なことは無音の状況で起きます。なのに、想像の音で恐怖を想像してしまう。不思議ですね。
怪異に音や音楽を付けるというのは、人間の想像力が生み出した英知の結集。素晴らしい発想と技術です。そんな技を堪能できるのが、映画やテレビのサウンドトラックではないでしょうか。様々な技法やアイデアを駆使して映像作品を演出し、恐怖心を煽ります。たとえばこのレコード。
妖怪三部作と呼ばれる大映特撮映画のサウンドトラックです。三作品全て素晴らしいのですが、中でも第二作目『妖怪大戦争』の音楽が素晴らしい。金管楽器による不協和音やトロンボーンのねっとりとしたスライドが気持ち悪くてイヤな響き。不穏な恐怖感を誘います。日本の映画業界は当時潤っていたので、演奏はフル・オーケストラ。ド大迫力のキモい音です。
こちらのレコードでは、ちょっぴりモダンな恐怖サウンドが楽しめます。
ジャケットに映るモノクロのガンマー(百目妖怪)がなんとも不気味。テレビドラマ『悪魔くん』のサウンドトラック。原作はもちろん、水木しげる先生であります。水木しげる作品には日本の妖怪が多く登場しますが、『悪魔くん』は西洋チックの妖怪がメインです。そんなことを踏まえてなのか、はたまたたまたまか、『悪魔くん』の劇伴はジャズっぽいサウンドです。フリー・ジャズとフリー・インプロヴィゼーションと現代音楽を混ぜたような響きで、都会的でスタイリッシュ。ピアノの弦を直接弾いたり、ギターやベースの弦を擦ったりといった音色への探求も聴きどころです。場面に応じて、視聴者をグルーヴさせたり、不安定な気持ちにさせたり、変幻自在のサウンドを楽しめます。
今回最後に紹介するレコードはこちら。
円谷プロの特撮ドラマ『怪奇大作戦』から印象的なエピソード7話をダイジェスト収録したLP盤。VHSもDVDもない時代ならではのレコードです。もちろん、本編を観たことがある人を対象に作られたレコードではありますが、この番組の音と音楽の素晴らしさを堪能できます。特にいいのが、奇怪な事件が起こる瞬間に鳴る音、これが凄い。カッ! とか、ビョーン! とか、ギジジジー! とか、事件が起きるときには妙な電子音が鳴るのです。カタカナで書くと変な感じですが、聴くと凄いです。どうやって生成しているのでしょうか。さすが円谷プロという仕事です。
この『怪奇大作戦』というドラマ、奇怪な事件をSRI(科学捜査研究所)という組織が警察と一緒になっが解決するというお話です。ですので、事件を起こすのは全て人間。
この世界において、幽霊や妖怪が怖い事を起こす事なんて、まずありません。少なくとも、オイラはそんなことに出会ったことがない。人間の方がよっぽど怖い。数々の怪談噺を創作した三遊亭円朝は『真景累ヶ渕』の冒頭で言っています。幽霊が見えるなんてのは神経の病であると。怖いと思う気持ちが、本当に怖いものを見せてしまう。そんな人の心理を利用して、実際にはない音を作って怪談を盛り上げる、人間の想像力は凄い。
最後に、今回レコードを全て通して聴いて発見がありました。それは、どのレコードにも必ず、薄どろとねとり笛が入っている! 古典怪談だけでなく、『悪魔くん』でも『怪奇大作戦』でも使われていたとは、今まで気が付かなかった。思えばドリフの幽霊コントでも必ずといっていいほど使われていました。この二つのサウンドは、我々の深層心理に組み込まれ、日本国内において、お化けや幽霊の類が出るときは勝手に頭の中で鳴ってしまうようなもんです。元は歌舞伎の効果音と言われていますが、これを考え出した江戸時代の人、あんたは偉い! 今年もあなたのおかげで、夏を涼しく過ごせそうです。それでは次回のコラムまで、ドロン!
(つづく)