演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.40 / 20 Feb. 2024
今年に入り、立て続けに演歌歌手の訃報がながれた。八代亜紀、冠二郎、小金沢昇司。演歌とよばれるジャンルが下火になっていく中、ビッグ・ネームがいなくなる穴は大きい。演歌が好きだから、悲しいです。
演歌をはじめ、昭和の歌謡曲の歌い手は、優秀な器楽奏者が楽曲に向き合うように、歌を紡ぐ。昭和の歌手のほとんどは、自分で楽曲を作らない。曲は作曲家の先生が作り、詞は作詞家の先生が作り、自身は歌に専念する。シンガーソングライターやバンド、トラックメイカーが多くなった現在では、特異なスタイルともいえる。しかし、歌しかやらないからこその歌の力は強い。この上なくシンプルなメロディと詞から、十二分にその魅力を引き出し、聴く者を感動に導く。歌うことに特化した、類稀なプレイヤーだ。
歌に特化しているので、ライヴでも歌に専念。面白いMCができなくても問題ありません。演歌のコンサートには、その道のプロ、司会者がいます。今回は、生・演歌、生・歌謡曲の魅力を伝える、司会入りのライヴ盤をご紹介します。まずはこちら。
レコード・デビューから二年後、1973年のライヴ盤。ジャケ写がとっても初々しいです。デビューから数年しか経っていないとはいえ、ここに至るまでいろいろなことがありました。曲間のMCで、司会者がうまくそんな話を聞き出しています。それを踏まえて聴く八代亜紀の歌声は、なんともエモーショナル。
お次はこちら。京都にあった伝説のナイトクラブ、ベラミでのライヴ盤です。
欧陽菲菲 イン・ベラミ (LP)
来日間もない1972年の収録。欧陽菲菲の日本語はまだたどたどしく、曲間のMCでは宮尾すすむがうまくフォローします。客席からの声もうまく切り返してそつなく進行。プロの技だなと感心します。とはいえ、「恋人は?」など、令和的には不快な会話もあるので、まあ、昭和はこんな感じだったよなと、温かい目で聴いてください。
過去にも取り上げましたが、芸人が司会を務めるライヴ盤もあり、演芸好きにはたまりません。レコード屋で見かけると、ついつい買ってしまいます。こちらも司会者の名前で買ってしまった一枚。
渚ゆう子 オン・ステージ (2LP)
ギター漫談でお馴染みの堺すすむが司会を務めます。さあ、どんなMCかと楽しみに針を落としてみますと、曲間は渚ゆう子がほとんどしゃべっています。堺すすむの出番は、DISC1のA面で一言、DISC2のA面で曲間ちょろっとやりとりしますが、B面は別日の収録で司会者も別で、堺すすむファンとしてはちょっと残念。しかし渚ゆう子の歌は素晴らしい。先の欧陽菲菲の「雨の御堂筋」、渚ゆう子の「京都の恋」、ベンチャーズ歌謡は名曲揃いです。
現在ではラジオ・パーソナリティとしての活躍で知られる浜村淳ですが、かつては司会が本業でした。
金田たつえリサイタル ライヴ・涙の絶唱 (2LP)
金田たつえの生まれは北海道ですが、デビューは大阪。それ以降、大阪を拠点に活動しています。ライヴの会場は大阪厚生年金大ホール、司会の浜村淳は京都出身と、地域に根差したライヴ盤です。ときおり関西アクセントになる浜村淳の司会っぷりは、進行役でありながらも客席との距離が近い存在に感じさせてくれます。このLPでは、金田たつえのヒット曲「花街の母」をDISC1で一回、DISC2で二回も披露してくれます。何度聴いても飽きない名曲です。ほんとだよ。
大御所の歌手たちは、自身と息の合った専属の司会者をつけていることもあります。次の三枚は、そんな専属司会者が聴けるレコードです。
新宿コマ劇場実況録音盤 北島三郎大いに歌う (LP)
田端義夫ロング・リサイタル これからだっせ人生は… (2LP)
放浪藝の天地 三波春夫歌謡生活25周年記念リサイタル 日本歌謡の源流を訪ねて (2LP)
北島三郎の専属司会者は、軽演劇出身の及川洋。サブちゃんは曲の歌詞を反映させてか、任侠チックな話し方。及川洋は活弁修行していたこともあるので、ちょぴりべらんめえ口調。昭和のヤ〇ザの会話のようです。
田端義夫の専属司会者は水木淳。浪曲師松平国十郎の弟子を経て、宮尾たか志の弟子となり司会者へ。田端義夫キャリア晩年の司会を二十年以上努めました。開演のブザーのあとにバンド演奏が始まり、それに乗せて水木淳が前口上を語り始めます。二分半を過ぎた頃、「田端義夫が今宵はここで、心開いて歌って綴る。つづれ浮世は歌三昧。胸に食い込むあの名調子、ご存じ田端義夫のリサイタル」のセリフのあとに、バタやんが、
オース!
これで心が一気にバタやんの世界に持っていかれます。あとはもう、バタやんの独壇場です。ぜひ味わってみてください。
漫談家としても活躍していた荒木おさむが専属でつくのは三波春夫。このアルバムは、放浪芸、江戸の諸芸能、明治 / 大正の歌謡曲を通じて、現代に繋がる日本の歌の道を三波春夫が自ら歌って表現する企画もの。諸芸能パートは三波春夫自らMCを務めますが、歌謡曲パートには司会が付きます。三波春夫はもともと芸人(浪曲師)なのでしゃべりはうまいのですが、やっぱり歌謡曲は司会の前口上がつくと栄えます。ちなみにこのアルバムで三波春夫は、「演歌のメロディはチベットに通ずるものがある」と語っています。確かにチベットの歌謡曲は演歌っぽいけど、互いにどう影響し合っているのでしょうか。三波春夫に見解を伺ってみたかった。
このアルバムと同様に、日本の歌とは、そして演歌とは何かを考えるコンセプトのコンサートも、ライヴ盤となって発売されています。
演歌とは何だろう 春日八郎ショー (2LP)
ナレーションは劇団民藝の俳優、松本典子が務め、司会は春日八郎専属でお馴染みの北条竜美。明治の演説の歌に始まる演歌の源流を松本典子が語り、春日八郎が歌って示す。DISC1のB面に入り、股旅モノ歌謡を紹介する際、ようやく北条竜美が登場。待ってました! 俳優のナレーションとは全く別物なんです。〈ホンモノ〉の司会芸を味わえます。
ショーの中には松本典子と北条竜美のトーク・コーナーがあり、その中で演歌とはなんでしょうか? と問われた北条竜美は、「日本人の血のようなもの。日本民族の血」と答えています。明治の演説の歌は、自由民権運動から派生したものだし、このショーで歌われる曲の歌詞はたしかに日本語だけど、音楽はビッグバンド伴奏の洋楽です。ピック弾きのエレベとドラム・セットのリズムが、オイラにはとても日本人の血とは思えない。それでも、やっぱり、演歌を聴いていると、いいんだよね、沁みるんだよね。
ほんと、演歌とは何だろう?
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
Our Covers #029 伊藤一樹