レコード盤★盤<br>“サイレント映画を聴く”
feature #129

レコード盤★盤
“サイレント映画を聴く”

演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。

伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.29 / 20 Mar. 2023

←Ep.28

『セッション』や『ララランド』などの話題作を世に送り出す映画監督、デミアン・チャゼル。最新作『バビロン』が2月に公開され、早速観てきました。これがオイラ的には大当たり。良かった。いい映画だった。素晴らしかった。

舞台は1920年代のハリウッド。サイレント映画からトーキーへの移行期のお話です。狂乱のジャズ・エイジとよばれたアメリカのえげつないまでの華やかさ。人間の好奇心の暗部を刺激するエログロ要素。そして、これまでの全ての映画とそれに携わった者たちへの深い愛に満ちた作品。月並みな言い方だけど、3時間という上映時間があっという間に過ぎていきました。

ああ、いい映画を観てしまった。このいい気持ちを引き摺ったまま、コラムを書いてしまおう。ということで、今回のテーマは「サイレント映画を聴く」です。

まずはこちら。『バビロン』と同じく、サイレント映画からトーキーへの移行期を描いたミュージカル映画の名作、『雨に唄えば』のサウンドトラック盤です。

Album Title

SINGIN’ IN THE RAIN ORIGINAL SOUNDTRACK (LP)

SF579423 SOUNDTRACK FACTORY

収録曲は華やかなミュージカル・ナンバーが中心ですが、A2にはボードビル芸シーンの音楽を収録。劇中では、歌って踊ってタップを踏んだりしながらの曲芸的なバイオリン奏法がみられます。

1900年代前後の英米では、ミュージック・ホールという娯楽施設が人気でした。お酒を飲みながら舞台芸を観る、パブと劇場が合体したような空間だったそうで、今でいう《そっくり館キサラ》みたいな感じでしょうか。そこで披露されていた芸能のひとつにボードビルというものがあります。歌やダンスやパントマイムなどを組み合わせたステージ芸です。サイレント映画は文字通り音がないため、動きで魅せられるボードビル芸人が重宝されていました。志村けんやジャッキー・チェンなど、多くのコメディアンに影響を与えたバスター・キートンもボードビル出身の喜劇人です。

Album Title

ハロー・キートン (LP)

XM241AX コロムビア

ボードビル芸人の両親のもとに生まれ、幼き頃から舞台生活。1910年代後半に映画界入りし、1920年代はサイレント映画のスターとなります。トーキー映画出現後は人気が低迷しますが、1950年代以降に再評価され、各地でリバイバル上映が始まります。日本では1970年代に『ハロー・キートン』というリバイバル上映が開始。後年に作曲された劇伴付きで上映され、本作にはその音楽が収められています。トラッド・ジャズ、ラグタイム、ガーシュイン風のストリングス、ブラスバンドなど、1920年代アメリカを存分に感じさせられるサウンドは、時にコミカルで、時にスリリング。バスター・キートンの体を張ったアクション・ギャグとマッチして、音楽だけ聴いていても映画を観たかのような気分に浸れます。

サイレント映画だからといって無音で上映していたかといえば決してそうでもなく、海外では映画に合わせてレコードをかけたり、ピアノやオーケストラの伴奏がついたりということがあったようです。

日本ではどうだったかといえば、伴奏はもちろんのこと、ストーリー・テラーまで付いていました。そう、映画説明、活弁です。このレコードでは往年の弁士たちが再集結し、鮮やかな話芸を聴かせます。

Album Title

おお活動大写真 (2LP)

SKD394~5 キングレコード

洋画、邦画、ドタバタ喜劇からお涙頂戴のメロドラマまで、映画に合わせて語りも様々。ナレーションのようなスタイルから美文調といわれる七五調のかっちりとした語り、複数の弁士による掛け合いなど、多様なスタイルの活弁を楽しめるレコードです。昭和初期の映画館は生演奏に生の語りが付いていた。ひょっとしてIMAXより豪華かも。

そんな活弁全盛時代を振り返った漫談がこちら。

Album Title

寄席シリーズ(第一集) (LP)

LPJM511 ポリドール
Track
B2:活弁時代 – 山野一郎

新宿武蔵野館専属弁士として活躍した山野一郎は、トーキーが隆盛になると漫談家に転身します。生まれは新潟ながらも育ちは向島。江戸っ子口調のリズム感がたまらなく心地よく、随所にギャグを盛り込みながら、当時の映画館の様子や変遷、客席の雰囲気や弁士たちの特徴が語られます。リアルタイムを知らなくても面白くて、思わず笑ってしまいます。

同じくB面には、山野一郎の漫談仲間、古川緑波の声帯模写漫談も収録。これもまた絶品で、このレコードはオイラの愛聴盤の一つ。繰り返し繰り返し聴いても、何度でも笑えます。持っていて損なしのおすすめレコードです。

サイレント映画が主流だったのは1900年代前半から20年代後半までの短い期間ですが、トーキー全盛になってもなおサイレント映画を作り、全世界の人々に影響を与えたサイレント映画のトップ中のトップといえば、なんといってもチャップリンです。そんなチャップリンの魅力を伝えてくれるレコードがこちら。

Album Title

追悼盤 ヨド・チョー ハロー・チャップリン (2LP)

MR8359~10 ポリドール

チャップリンのことを愛してやまない映画解説者、淀川長治によるチャップリン追悼企画のレコードです。

ディスク1には、チャップリンが自身の映画のために作曲した名曲の数々を収録。チャップリン映画のほとんどはサイレント映画でしたが、自身の映像に対する音楽のイメージを強固に持つチャップリンは、テーマ曲や劇中曲を作曲しています。その旋律の美しいことたるや、心が浄化されるかのようです。

ディスク2にはお待ちかね、淀川長治登場。あの語り、あの口調による、チャップリンの生立ちと作品解説が収録されています。観たことある作品はその面白さが補強され、未見の映画は観たくなる、映画愛に溢れる素晴らしい内容です。

前述の通り、20世紀初頭の短い期間にしか作られなかったサイレント映画ですが、音がない、言語を必要としないということから、良質な作品はワールド・ワイドで楽しまれました。映像のみで物事を伝えるという手法は、動画全盛の現代でも学ぶ点が多いのではないでしょうか。って、最近読んだチャップリンの本に書いてあって、オイラはとっても感銘を受けたのだ。よし、これからはレコードも聴くし、サイレント映画も観るぞ! いやあ、映画って本当にいいもんですね。それでは次回のコラムまで、さよなら、さよなら、さよなら。

(つづく)

Profile
1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
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