レコード盤★盤<br>“ん~、漫談”
feature #127

レコード盤★盤
“ん~、漫談”

演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。

伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.28 / 20 Feb. 2023

←Ep.27

このグローバル時代、笑いは日本だけじゃない! という気持ちが度々沸き起こり、定期的に海外コメディにハマる時期が訪れます。今まさに、その真っ最中です。英検5級のオイラでも、字幕スーパーがあれば大丈夫。お気に入りはアマゾン・プライムのオリジナル・ドラマ、『マーベラス・ミセス・メイゼル』。1950~60年代のニューヨークを舞台に、主婦がスタンダップ・コメディアンとして活躍する物語です。当時の色彩豊かなファッションに心奪われ、ビッグ・バンド・ジャズからビ・バップ、ソウル、ロック、ポップスが入り混じるBGMに、豊饒なアメリカ音楽文化を感じさせられます。まだまだ人種差別や性差別が残るアメリカにおいて、それを逆手に取って笑いをとるユダヤ人女性の姿は、面白くてかっこよくて美しい。現在シーズン4まで配信中です。

海外の多くの国で、お笑いのメインストリームはスタンダップ・コメディ。特に欧米では、コメディアンといえばスタンダップ・コメディアンのことを指すことがほとんど。マイク以外の舞台装置を使わず手軽にでき、落語のようなストーリー性を伴わないのでどこから聴いても笑えて、ネタはちょっぴりエスプリが効いている。そんなスタイルが、広く大衆の心を捉えているようです。その証拠に、グラミー賞のベスト・コメディ・アルバム部門では、ノミネート作品も受賞作品も、多くはスタンダップ・コメディのアルバムが占め、本年度も、黒人スタンダップ・コメディアンのデイヴ・シャペルが受賞しました。

一方日本の演芸界は、テレビ演芸の花形は漫才とコント、寄席演芸は落語がメイン。スタンダップ・コメディってのは、あんまり馴染みがありません。しかし、〈スタンダップ・コメディ〉なんてかっこよく横文字で言ってますが、平たく言ってしまえば〈漫談〉ですよ。漫談と言えば、日本でもお馴染みの芸能でしょ。今回はレコードで聴ける漫談を特集するよ。

まずは、昔ながらの漫談が聴けるこちらの2枚。

Album Title

漫談・ボーイズ全員集合/笑いで描く昭和の世相 戦前編 (2LP)

SJV1306~7 ビクター
Album Title

漫談・ボーイズ全員集合/笑いで描く昭和の世相 戦後篇 (2LP)

SJV1308~9 ビクター

日本の漫談の起こりは、大辻司郎(『戦前篇』ディスク1 A3「真夜中の奥さま」)から。無声映画の弁士として活躍した大辻司郎は、トーキー出現後、語りのみの舞台に立つようになり、この芸を漫談と名付けます。これ以降、同じく活弁士たちが漫談家への転向。このレコードには活弁出身の徳川夢声(『戦前篇』ディスク1 A2「押しが第一」)、西村楽天(『戦前篇』ディスク1 B2「女給チーム」)、井口静波(『戦前篇』ディスク1 B3「待合実況」)、山野一郎(『戦前篇』ディスク2 B1「講釈入門試験」)、西村小楽天(『戦後篇』ディスク1 A3「司会漫談 アラカルト」)、牧野周一(『戦後篇』ディスク1 A4「商売往来」)を収録。やや作り込んだネタが多く、漫の字のごとく漫ろ【そぞろ】ではないですが、日本漫談黎明期を作った話芸を楽しめます。

漫談という言葉ができて以降、様々な演芸が漫談に括られるようになります。以前から存在していた三味線を抱えての粋な唄と語りは、三味線漫談や歌謡漫談ともいわれるようになり、噺家が取り留めのない馬鹿話をするのも漫談といわれるようになり、楽器を用いたギター漫談やウクレレ漫談なども生まれました。紹介した2枚のレコードにも、三味線漫談の吉野家花山(『戦前篇』ディスク1 A4「モダーン八つ当たり」)、柳家三亀松(『戦前篇』ディスク1 A5「熱海の一夜」)、コメディ映画俳優の一人語り高勢実乗(『戦前篇』ディスク1 B4「オッサンのあいさつ」)、落語家の漫談ネタ鈴々舎馬風(『戦前篇』ディスク2 A4「寄席風景」)、ウクレレ漫談の牧伸二(『戦後篇』ディスク2 B2「ウクレレ漫談」)、ギター漫談の早野凡平(『戦後篇』ディスク2 B3「ギター漫談」)、歌謡曲の司会者出身の宮尾たか志(『戦後篇』ディスク2 B4「世相あれこれ」)と、多様な漫談を楽しめます。

これらの漫談の主戦場は、寄席や演芸場。そのためか、多くの人が笑えるようなほんわかした笑いが多く、欧米のスタンダップ・コメディのような風刺精神はほとんどありません。それはそれで、くだらなくて楽しくて、聴いていて幸せな時間を過ごせます。とはいえ、現代人には刺激が足りないのも確か。そんなときにおすすめはこの人、立川談志。古典落語だけでなく、立ちスタイルの漫談も超一流です。

Album Title

落語トーク&Talk Vol.1 (LP)

KVX1112 ビクター
Track
B2:立川談志

1979~1990年に放送されていた演芸番組『花王名人劇場』での企画をレコード化したもの。ライナーによると、落語家のマクラ(演目に入る前の語りの部分)こそ、落語家自身のメッセージを伝える最適な部分であり、そこを独立させた企画とのこと。落語の芸ではなく、話の術で笑わせる。収録されている4人の中でも、立川談志は群を抜いて面白い。談志特有の批判的な社会の見方を見事にユーモアに転化させていて、発売から40年以上たった今聴いてもその毒気は色褪せない。現代のスタンダップ・コメディにも引けを取らない面白さです。

アメリカにおいてスタンダップ・コメディの人気が出始めたのは、日本の漫談と同じく昭和初期。ラジオの普及により、動きの笑いから喋りの笑いに、芸人がシフト・チェンジしたためと言われています(とってもざっくりとした説明です。他にも諸説あるよ)。

ネットフリックスなどで字幕付きのスタンダップ・コメディが楽しめる現在と違い、レコード時代にスタンダップ・コメディを楽しむのは大変な能力が必要です。多用されるスラングと、笑いの背景となる文化、政治、人種差別問題などを理解できなくてはなりません。そんな中、おそらく当時唯一の日本語対訳付きスタンダップ・コメディ・レコードがこちら。

Album Title

レニー・ブルース (LP)

SWX6229 ビクター

政治、宗教、人種差別やセックスをネタにし、その過激さゆえに幾度となく逮捕され、ドラッグにより40才の若さで亡くなった伝説のコメディアン、レニー・ブルース。ダスティン・ホフマン主演の伝記映画の日本公開にあわせて発売されたのがこのレコードです。解説付き(筆者はジャズ評論家の油井正一)、英文の文字起こし付き、対訳付きです。収録ネタには、奇形、同性愛、KKK団などが登場します。日本ではテレビはもちろんのこと、生の舞台でもなかなかお目にかかれないですね。

映画のサントラ盤には、レニー・ブルースを演じるダスティン・ホフマンによる劇中のステージ音声も収録されています。

Album Title

オリジナル・サウンドトラック盤 レニー・ブルース (LP)

FML45 キングレコード

ここでのネタも、性病についてや、当人の前では決して言ってはいけない人種差別スラングなどきつい風刺。ユーモアとはどこまで許されるのか? 言論に自由はあるのか? ただ放送禁止用語を発する不謹慎なネタではないのです。これはレニー・ブルースの戦いなのです。

ここまで古今東西の漫談レコードをご紹介してきました。文学や芸能の通説として、当時性の強いものは後世に残りづらいといわれています。そのためか日本では、漫談のレコードは落語や浪曲と比べて圧倒的に少ない。音源が残っていれば、当時のリアルな世相感がわかって面白いのにな。刹那主義的な人が多いからなのか、欧米でのコメディ・レコードのリリース量の多さは日本をはるかに超える。そしてそれを評価する賞がある。ちょっと羨ましいな。日本には多くの話芸があるのに。落語、講談、漫才、漫談などが、いつかレコード大賞を獲る日が来るかしら。

(つづく)

Profile
1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
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