演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.37 / 20 Nov. 2023
平成なんてついこないだと思っていたら、今や〈平成レトロ〉という言葉があるらしい。オイラは昭和六十年生まれ。人生のほとんどは平成である。自分の人生は既に〈レトロ〉という言葉で括られている。もうそんな年齢になってしまったのか。なんだか悲しい。
とはいえ、平成時代に花開いて散っていった文化があるのは確かで、今やもう懐かしいと感じてしまいます。そう考えると、やっぱりレトロね。ジュリアナやポケベル、大相撲では小錦、曙、武蔵丸らのハワイアン力士が全盛。ファックスも平成文化よね。オイラが中学生の頃、ラジオのリクエストはファックスだった。今、職場の若いスタッフはファックスの使い方を知らない。
音楽の世界で平成に咲いて散ったモノといえば、8センチCD。縦長のジャケットが懐かしいですよね。CD屋さんには8センチCD専用の什器があり、レコードのようにパタパタして見られるようになっていました。
そんな8センチCDになんと、再び注目が集まり始めています。本当なんですよ。それを証拠に、本年2023年の7月7日、七夕の日は「短冊CDの日2023」と銘打って、8センチCDの新作や復刻作が多数リリースされるというイベントがありました。
この日から遡ること一年、2022年の7月7日、オイラは8センチCDで忠臣蔵を聴くというリスニング・イベントを行いましたが、来場者はたったの4人でした。時代が早すぎた。そんなわけで、この場を借りて昨年のリベンジ。季節も忠臣蔵シーズンになりましたので、今回はいつもと趣向を変えてオススメ忠臣蔵8センチCDをご紹介します。
まずはこちら。忠臣蔵歌謡と言えばこの人、三波春夫。亡くなる2年前の1999年に、忠臣蔵歌謡を8センチCDでリリースしています。
芸能生活六十周年の記念シングル。平成の三波春夫は、ハウス・ミュージックやラップに挑戦したり、クレヨンしんちゃんとコラボしたりと変わり種企画が多い中、記念シングルに忠臣蔵を歌ってくれているなんて、なんとも嬉しいじゃないですか。病気の影響もあってか、声の伸びは全盛期に及びませんが、それでもその衰えが逆に語りかけられているように聞こえ、沁みてきます。
8センチCDというフォーマットは1988年に発売され、その後、1999年頃からマキシ・シングルに切り替わっていきます。というのはJポップの世界。演歌の世界にはタイムラグがあります。7インチ・シングルが平成になっても発売されていたように、2000年代の初頭まで、8センチCDが発売されていました(ちなみに、シングル・カセットは今でも発売されています)。そんな2000年代忠臣蔵歌謡がこちら。
おやじの祝い酒 / 花の元禄忠臣蔵 詩吟・忠臣蔵入り 新田翠凰 (8センチCD)
いわゆる明るい演歌調の曲調に七五調の詞、一番と二番の間に詩吟が入るという2001年の作品です。新田翠凰という歌手、ググってみてもこの曲の発売情報以外なにも載っていなく、どういった経緯で作られた曲なのかわかりません。インターネット普及前のちょっとマイナーな音楽情報を調べるのは難しいのです。『CDでーた』や『演歌ジャーナル』などの雑誌を読んでみると掲載されているのかしれませんが、知らない曲に出会う度に古雑誌を買っていたら家が紙で溢れてしまいます。難儀ですね。
さらに新しい2003年発売のシングルがこちら。
お浜三味線 / 米寿 やしまひろみ (8センチCD)
この曲で歌われているお浜とは、浪曲中興の祖といわれる桃中軒雲右衛門の妻のこと。雲右衛門の相三味線を務め、共に雲右衛門節を作り上げます。雲右衛門は義士伝で名を上げた浪曲師です。雲右衛門、そしてその妻お浜を歌った曲も、広義の忠臣蔵歌謡ではないでしょうか。この曲では二番の歌詞に、
〽晴れて舞台の あゝゝ南部坂
という忠臣蔵ワードが出てきます。
浪曲師としても活躍する演歌歌手、三笠優子も、お浜を歌っています。
お浜 桃中軒雲右衛門の妻 / 人生ながれ唄 三笠優子 (8センチCD)
こちらの曲は一番に、
〽語る義士伝
草木もなびく あゝ名調子
という忠臣蔵ワードが出てきます。
忠臣蔵といえば、討ち入りした四十七士以外にも重要な登場人物がいて、様々なサイドストーリーがあるのも魅力のひとつ。そんなサイド・メンのあの人も、8センチCDで歌われています。
天野屋利兵衛 / 赤垣源蔵・徳利の別れ 鏡五郎 (8センチCD)
「男でござる」の名ゼリフでおなじみの天野屋利兵衛。このセリフの意味がわからない人は、ぜひ、浪曲や講談でこのネタを聴いてみてください。滾ります。この曲でもやっぱり、「男でござる」と歌う所が一番の魅せ所、聴かせ所。存分に堪能してください。
忠臣蔵のサイド・メンの中でも、歌謡曲によって超メジャー・キャラクターになった人といえば、俵星玄蕃です。講談や浪曲では知られていた人物ですが、三波春夫の長編歌謡浪曲『元禄名槍譜 俵星玄蕃』により、一般的にも知られるようになりました。なんせ三波春夫は、NHK紅白歌合戦で二度もこの曲を歌っています。
歌うは鏡五郎。1960年代後半からコンスタントにシングルを出し続けている超ベテラン演歌歌手です。2010年代にも忠臣蔵歌謡をリリースしていますし、忠臣蔵以外にも、無法松や次郎長など、講談 / 浪曲的な歌を多く持っているので、演芸ファンとしては勝手に親近感を抱いております。
三波春夫の歌謡曲のイメージが強い俵星玄蕃ですが、この人の歌もオススメです。最後にご紹介するのはこちら。
俵星玄蕃 / 北前船 真山一郎 (8センチCD)
オイラの大好きな浪曲師 / 歌手の真山一郎です。多くの演歌歌手にカバーされている『刃傷松の廊下』が有名ですが、それ以外にも数多くの忠臣蔵歌謡を残しています。この曲も絶品です。三波春夫の『俵星玄蕃』のようにドラマチックに盛り上げるわけではないです、かっちりとした七五調の中で俵星玄蕃の物語を表現し、曲間に入るセリフは軽やかながらも魂が乗っていて、引き込まれます。そしてなんといっても、この人は声がいいんだな。伸びのある高音と独特のビブラートは昔と変わらず健在。聴き惚れます。
今回は8センチCDの忠臣蔵歌謡をみていきましたが、マキシ・シングルが主流になる2000年代以降にも、多くの忠臣蔵歌謡が生み出されています。歌謡曲以外にも、アニソン / ゲーソンやヒップホップ、ドラマ主題歌や映画サントラなど、平成から令和にかけては忠臣蔵音盤百花繚乱時代なのです。いつの日かオイラがNHK-FMで『今日は一日忠臣蔵三昧』をやるときは、昭和・平成・令和まで、すべての忠臣蔵を紹介するよ。お楽しみに!
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
Our Covers #029 伊藤一樹