演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.26 / 22 Dec. 2022
冬の演芸会といえば、忠臣蔵。討ち入りの十二月十四日に合わせて、忠臣蔵ネタがよくかかります。それにあやかり、このコラムも忠臣蔵がテーマです。
忠臣蔵は過去に三度取り上げています(Ep.2、Ep.14、Ep.17)。またかよ! と思うかも知れませんが、本伝あり、義士伝あり、外伝あり、パロディもあり、忠臣蔵レコードはまだまだあるのです。今回はどんな忠臣蔵を取り上げようかと思っていた矢先、人気講談師・神田伯山の義士伝を観る機会がありました。演目は『赤垣源蔵 徳利の別れ』。よし、これだ! 今回は赤垣源蔵のレコードを取り上げます。
まずはこちら。
明治時代、〈ヒラキの芸〉と呼ばれた浪曲は、屋外や仮設小屋で口演するのが一般的。落語や講談からは格下の芸能と思われていました。そんな中、劇場公演を各地で成功させ、浪曲の地位を高めたのが桃中軒雲右衛門です。政治色の強い団体の後ろ盾の下、武士道を鼓舞し、浪曲=低俗な芸能というイメージを覆していきます。そこで演じられていたのが義士伝、忠臣蔵です。戦前に活躍した浪曲師ですので、録音は少ないですが、キャリア晩年にSP盤を吹き込んでおり、このレコードは抜粋音源による復刻企画。フルサイズの口演でないとはいえ、名人の息吹を感じられます。
赤穂藩の藩士である赤垣源蔵。史実である赤穂事件においては特筆すべき活躍はなかったとされていますが、忠臣蔵の物語においては『徳利の別れ』というエピソードで知られています。吉良邸討ち入りの前日、最期に一目会おうと兄を尋ねるも不在。兄の羽織を兄と見立て、一人思い出話を語りながら酒を酌み交わし、今生の別れをする。く~、いい話でしょ!
実際の赤垣源蔵は赤埴重賢【あかばねしげかた】といい、下戸で兄もいなかったそうですが、いつしかこのエピソードが生まれ、定着しました。ですから、レコードで残る赤垣源蔵のほとんどは『徳利の別れ』です。
先日聴いた伯山先生もおっしゃっていましたが、忠臣蔵は別れの物語。この物語において、忠義を果たす事はイコール死。武士の本文を貫き通すと、自分が愛するも人とはもう二度と会えなくなるのです。『徳利の別れ』は、その演題が示すように、忠臣蔵における別れを象徴する人気エピソードなのです。
自宅のレコードを掘り返すと、浪曲版があと二枚出てきました。
赤垣徳利の別れ/神崎東下り 吉田一若 (LP)
赤垣名残りの徳利/神崎東下り 吉田奈良丸 (LP)
浪曲レコードの魅力の一つはジャケット。噺家当人が写っていることの多い落語レコードと違い、浪曲は収録演目に関連したデザインが多く、眺めるのが本当に楽しい。
吉田一若のテイチク盤は、話の中のマスト・アイテム徳利と、武士を象徴する二本差しの刀を配したジャケット。眺めるだけでもう『徳利の別れ』でしょ。
ローオンレコードから出ている吉田奈良丸のジャケットは、討ち入りの様子を描いた絵。この手のテイストの絵、最近見なくなってしまいました。昔の映画看板みたいで好きなんだけどな。右上に描かれているのはB面収録の『神崎東下り』の様子。どんなストーリーか気になる人は、B面も聴いてみよう。
先ほど赤垣源蔵のレコードはほとんどが『徳利の別れ』と書きましたが、違うものもありました。それがこちら。
赤垣源蔵(東下り)/桜川五郎蔵(出世相撲) 桜川好玉 (LP)
滋賀の郷土芸能で語り芸の一つ、江州音頭での赤垣源蔵。副題『東下り』の通り、赤穂をはなれ、江戸へ下る様子が語られています。羽織も徳利も出てきません。『徳利の別れ』に慣れ過ぎてしまっているせいか、兄との別れがないとこれが赤垣源蔵なのかよくわからなくなります。そもそも『東下り』といえば、垣見左内との緊迫の対面が魅力の『大石東下り』(赤垣源蔵はここに同行)、詫証文のエピソードでお馴染みの『神崎東下り』が既にあるのに、赤垣源蔵の『東下り』。なぜこのエピソードができたのでしょうか。誰か教えて。
とはいえ、桜川好玉の口演は素晴らしいの一言。細やかな節回しとそこから生まれるグルーヴ。スタジオ録音ならでは、位相をきっちりと感じるバックの太鼓とお囃子が相まって見事な出来栄え。音楽としても芸能としても物語としても楽しめます。
ここからは歌謡曲の中の赤垣源蔵をご紹介まずはこちら。
思い出の名曲シリーズ 徳利の別れ/安兵衛ぶし 上原敏 (7インチ)
戦前に活躍した流行歌歌手、上原敏のSP音源復刻シングル盤です。忠臣蔵の世界での赤垣源蔵は、飲んだくれという設定。それに合わせてか、ウッドブロックのパカポコが特徴的な明るい曲調。直接的に兄との別れを描かずとも、源蔵の心の内を表現する詞が曲とマッチ。別れという題材を、暗い気持ちにならずに表現しています。作詞を生業とする人がいた時代、作詞家の文学性の高さに感服です。
この曲は後年、浪曲師で演歌歌手の大木伸夫によりカバーされています。
大木伸夫 流転/裏町人生 (LP)
浪曲師らしく、歌の合間にせりふ入り。ベース・ラインを強調したシンプルなアレンジ。現在のポップスのように音/楽器で空間を埋めないこのアレンジの中で映える大木伸夫の声の魅力的なこと! 聞き流しNG。魅力的な声と絶妙な節のまわし方を、スピーカーの前でじっくりと堪能して欲しいです。そして、ジャケ写の着物の派手も堪能してください。
もう一曲、こちらもどうぞ。
三橋美智也の忠臣蔵 (10インチ)
昭和の大歌手・三橋美智也が残した全編忠臣蔵アルバム。上原敏の『徳利の別れ』と違い、真正面から兄との別れに向き合った楽曲です。哀愁漂う曲調に、三橋美智也の高音が映え、涙を誘います。
このアルバムは楽曲ごとの曲調の豊かさ、曲順、取り上げられたエピソードのチョイスがどれも素晴らしく、忠臣蔵ファン必聴です。
最後に、忠臣蔵といえば忘れてはならないのが三波春夫。浪曲の良さと歌謡曲の良さをミックスさせた長編歌謡浪曲をどうぞ。
長篇歌謡浪曲 元禄花の兄弟 赤垣源蔵 (7インチ)
赤垣源蔵の人柄、兄との別れの憂い、討ち入りのカタルシス、全てが味わえる究極の赤垣源蔵ソング。今回のコラムを締めくくるにふさわしい楽曲です。何も言うことはない。聴けば赤垣源蔵、そして忠臣蔵の虜になります。
この曲を含め、三波春夫の長編歌謡浪曲はオーケストラにお金がかかるし、何より歌うのが難しい。それでも、最近の演歌歌手の方々がいろいろとチャレンジしていて嬉しい。歌謡浪曲という演芸的芸能の花を咲かせて欲しいです。
2022年は3月『聴き尽くせ!聴き倒せ! 今日はたっぷり、松の廊下』、7月『夏でもやっぱり忠臣蔵! 七夕×短冊×8cmCD 平成忠臣蔵歌謡紅白歌合戦』、12月『忠臣蔵ヒット・パレード! ~年忘れ、忠臣蔵歌謡聴きまくりの会~』と、忠臣蔵音盤を聴くイベントを三度開催。2023年も独自の視点から忠臣蔵の魅力発信を続けます。いつかどこかで、忠臣蔵イベントでお会いしましょう!
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
Our Covers #029 伊藤一樹