演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.9 / 20 June 2021
6月といえば、梅雨の季節。雨がしとしと降り始めると、繁殖期を迎えたカエルが元気に鳴き出します。カエルとくれば、我々落語好きの頭に思い浮かぶのはガマの油ではないでしょうか。
落語好きでもなんでもなく、ガマの油なんぞ全くわからぬという方のためにちょいと説明を。
ガマの油とは、筑波山名物の軟膏薬。切り傷、擦り傷、火傷、しもやけ、虫歯にも効くという、万能薬です。ガマガエルの成分が使われていたことから、ガマの油と名付けられましたが、現在は規制によりカエル成分なし。昔の人たちは、ちょっとしたケガや傷にはガマの油をちょいとひと塗り。薬の力なのか、信じる気持ちなのか、これで大抵のものは治ったそうです。そういやうちの母親も、オイラが子供の時分、なんかケガすりゃ、殺菌軟膏塗りなさい、とりあえず殺菌軟膏を塗っときなさい、って言ってたっけな。大人になった今、オイラもちょっとした傷にはとりあえずオロナインを塗っています。今も昔も変わらないね。
そんなガマの油はどこで売っていたかというと、薬局・ドラッグストアで売っていたわけではございません。香具師と呼ばれる人たちが路上や縁日で、独特の口上とパフォーマンスでもって実演販売をしていたわけです。スラスラと流れるような売り口上は聴いていて気持ちがいいのなんの。今回は、ガマの油売り口上が収められたレコードをご紹介。ガマの油コレクション、題してガマ・コレ。
まずは本場筑波のガマの油売り口上から。
現在は法律により、路上で医薬品の販売はできません。なので、江戸や明治のようなリアル・ガマの油売りは存在せず。そんな中でも、地域の伝統芸を後世に残そうと保存活動が行われています。つくば市認定地域無形民俗文化財・筑波山ガマの油売り口上の名人位が、永井兵助。このソノシートには十七代目永井兵助の口上を収録。制作は大手コロムビアですが、なぜかジャケには日本コロンビア株式会社とあり、「ム」が「ン」になっております。どういう経緯で作られたソノシートかはわかりませんが、在りし日の名人の口上が聴けるのはありがたいですね。
次のレコードには十八代永井兵助の口上を収録。
ガマの油口上 十八代永井兵助 / がま音頭 イエス玉川 (7インチ)
所々に現れる茨城訛りが愛らしい名人。B面には浪曲師で漫談家のイエス玉川による『がま音頭』を収録。ガマ・フリーク必聴のおもしろソングです。
十八代の口上はこちらにも収録。
筑波おどり 岡ゆう子 / ガマの油口上 十八代 永井兵助 (7インチ)
ご当地ソングを歌いまくる歌手、岡ゆう子による「筑波おどり」のB面に口上が収録。音源は先に紹介したものと全く一緒ですが、なぜか音質が劣化しています。トホホ。
ここまで筑波山名物と紹介してきましたが、ガマの油の発祥は江州、いまの滋賀県の伊吹山と言われております。筑波山名物になった由来としては、ガマの油が落語化されたときに舞台が関東になったからとか、大坂の陣に従軍した筑波の兵が地元に持ち帰ったとか、諸説いろいろあるようです。
産地を伊吹山とする売り口上もあり、有名なのが坂野比呂志。以前のコラムでもとりあげましたので詳しくはこちら(レコード盤★盤 Ep.3)。この時取り上げたレコード以外にも、正調伊吹山版の口上はこれらのレコードでも聴けます。
昔なつかしい売り声 縁日と露店と見世物と… 坂野比呂志 / (おはなし)林家正蔵 (LP)
縁日風物語 懐かしのお祭り・露店・見世物 (LP)
同じく以前のコラムでご紹介しましたこのレコードにも、正調伊吹山版の口上が収録。
大道芸 DAI-DO-GEI / 監修・ナレーション 寺山修司 (LP)
大須大道町人祭の実況録音盤。名古屋という土地柄からか、筑波山より伊吹山の方に馴染みがあるのではないでしょうか。
香具師の売り文句から一つの芸能として変わっていったガマの油売り口上。そうなったことで、宴会でのかくし芸としても定番ネタとなりました。昭和の時代、かくし芸指南のレコードが多く発売。そんな中から、ガマの油入りレコードをずらっとご紹介しましょう。
お座敷宴会かくし芸 (LP)
お好み邦楽選 かくし芸さわり集 がまの油からさのさまで (LP)
かくし芸に強くなる本 サラリーマン出世虎の巻 (ソノシート×5)
宴会おはこ集 第二集 -さのさから皆の衆までー (10インチ)
珍芸・漫芸・かくし芸 第一集 (10インチ)
演者ですが、坂野比呂志はご案内の通り。都家歌六は落語レコード・コレクターとして超有名な噺家、桜井長一郎は声帯模写芸人、あとの二人は情報がなくわかりません。誰か知ってたら教えてくださいな。
さあ、ここからは落語版ガマの油をご紹介。現代の落語版ガマの油のパターンは決まっておりまして、
- 昔の縁日、見世物の説明
- 香具師によるガマの油売り口上実演
- 酔った状態で商売をして口上を失敗する
というもの。分解してしまえばたかがこれだけですが、されどこれだけ。昭和の名人たちは各々の持ち味を十二分に活かして演じています。
林家正蔵はなしの世界 その五 (2LP)
聴かせる噺家と称される林家正蔵(八代目。後の林家彦六)。全編スタジオ録音の『はなしの世界』シリーズは、正蔵の聴かせる部分を存分にパッケージングした好企画。特に縁日 / 見世物パートが聴きどころ。昔の見世物小屋の情景がありありと浮かんできます。
真打二十三人集 第1集 (LP)
全体がバランスよくまとまった馬生ヴァージョン。15分弱という収録時間は寄席の持ち時間と丁度同じくらで、さらっと聴けます。この持ち時間でしっかりと噺を聴かせ、きっちりと笑いを取る。馬生の本領発揮です。
古典落語傑作選 三代目春風亭柳好 (2LP)
かつてのガマの油には縁日・見世物パートがなく、いきなりガマの油売り口上から入るのが通例だったようです。柳好はこのパターン。唄い調子といわれるメロディアスでリズミカルな語り口調が魅力の柳好。流麗な売り口上が気持ちいいのなんの。香具師としてのリアリティには欠けるものの、それを上回る魅力的な華やかさ。聴いているうちに、明るく晴れやかな気分になってきます。
圓生百席 第百席~百二席 おさん茂兵衛 / 質屋庫 / がまの油 (3LP BOX)
このガマの油は凄い。何が凄いって、圓生の本気度ですよ。スタジオ録音で、レコード両面に渡ってガマの油ですよ。見世物の説明部分がた~っぷり! レコード片面と半分くらいをこれに当てています。もうこれでお腹いっぱいってところから本編スタート。売り口上の巧さ、酔っぱらったときの崩れ方、神ワザです。
そんな神レベルのガマの油を、客前でやったらどうなるか。そいつを確かめたかったらライヴ盤。
圓生名高座 第四集 (LP)
お客さんの反応は、凄まじい爆笑。前半の見世物説明部分を適度に抑え、全体を30分弱にまとめてはいますが、見世物の説明、売り口上実演、酔っぱらった状態での口上、全てで爆笑ですよ。ああ~、生で観てみたかったな~。
さあ、これで我が家のガマの油レコードを出し惜しみなく載せたかなと思ったけど、あ、カルピス・ソノシートの「外国人落語 ガマの油」忘れた。あ、デューク・エイセスの「筑波山麓合唱団」も載せ忘れた。きっと世の中にはまだまだガマの油レコードがあるぞ。また来年、ガマ・コレ2022でお会いしましょう。
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。書店勤務を経て、現在はディスクユニオンの書籍販売担当として勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
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