演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.39 / 22 Jan. 2024
正月も過ぎますと、スーパーやコンビニでは節分関連商品の売り出しが始まります。オイラは東京は武蔵野の東村山出身ですので、昔から節分といえば豆まき一択。通っていた保育園では、保育士さん扮する鬼へ豆をまき、小学校の給食では豆料理が出て、学童保育では部屋が汚れるからという理由で大豆ではなく殻付きの落花生を投げ、もちろん家でも豆をまきました。大人になった今でも、毎年豆をまいています。
オイラが高校生時分からでしょうか、「恵方巻」なるものが登場しました。もっとも、関西圏では節分に太巻きを食べる風習があったのでしょうが、東村山にはありませんでした。そもそも関東では、海苔巻きは細巻きの方がメジャーですし、オイラは甘いものでごはんを食べるのが苦手なので、桜でんぶや玉子焼きの入った太巻きは苦手です。そんなものを丸っと咥えて食べるなんて、好きな人には申し訳ないですが、オイラは遠慮いたします。
そんなオイラの気持ちとは裏腹に、恵方巻はどんどんメジャーになってきました。この時期スーパーには太巻きがずらりと並び、コンビニには予約受付中の幟が立ち始め、テレビの中では芸能人が長い太巻きを咥え、通販番組では一流料理人監修の太巻きを売っています。
もう一度言いますが、オイラの生まれ育った東村山には、節分に太巻きを食べる習慣はありません。特定の地域の伝統が、スーパー、コンビニ、メディアにのせられて、昔からの日本の伝統のようになるのが気に食わない。今年もオイラは絶対に、恵方巻は食べない!
と、不満を書いてスッキリしたところで、今月のレコードと行きましょう。節分、鬼、ときまして、今回は桃太郎のレコードです。
今も昔も教育・学芸レコードの類は数多く発売されていて、昔話のレコードもたくさんあります。もちろん全てを聴いた事があるわけではないですが、定番といえばこちらではないでしょうか。
TBS系で放送されていたテレビアニメ『まんが日本昔ばなし』の音声がそのまま収録されたレコードです。このシングル盤には、1975年放送の市原悦子ヴァージョンを収録(1990年には常田富士夫版も放送)。映像がない分、音が際立ちます。素朴な絵が魅力のアニメですが、劇伴も素晴らしいのがこの番組の特徴。ギター・トリオ(ギター、ベース、ドラムス)+管楽器が基本編成で、硬軟様々和洋折衷なBGMを奏でます。本作でも、お馴染みの童謡『桃太郎』を、ときにファンキーに、ときコミカルに演奏していて、耳を奪われます。みんなが知っているストーリーな分、話の筋を聴かずとも音楽に集中できるので、ぜひ劇伴演奏を楽しんでみてください。
桃太郎といえば岡山県のイメージが強いですが、発祥が岡山県かどうかは定かではないようです。日本各地に、桃太郎やそれに似た話が伝わっています。こちらのレコードでは、福井県に伝わる桃太郎が収録されています。
桃太郎/現地録音による日本むかしばなし (LP)
国鉄が1970年から行ったディスカバー・ジャパン以降、日本各地の伝統や芸能を採録したレコードが多く作られました。1977年発売の本作も、そういったムーブメントの中の一つと思われます。桃太郎の話者は、山深い閑静な里にあるお寺のおばあさんとのこと。一般的な桃太郎と福井県版の違いは、川を流れて来る桃が二つという点。一つは先におばあさんが食べ、おじいさんにと残しておいた方から桃太郎が生まれます。小さな違いですが、ちょっとしたディティールの違いは面白いですよね。各地域版の聴き比べもしてみたいです。
こういった土着な感じの話も素敵ですが、話芸のプロはやっぱり一味違います。プロ中のプロによる桃太郎がこちら。
世界の童話3 桃太郎 お話 古今亭志ん朝 (ソノシート)
落語好きには説明不要のことですが、昭和の落語界を代表する名人中の名人、古今亭志ん生(五代目)を父に、これまた昭和落語の名人中の名人、金原亭馬生(十代目)を兄にもつサラブレットにして、本人も名人中の名人、古今亭志ん朝(三代目)による桃太郎のお話です。オイラが知る限りCD化もされていないので、このソノシートでしか聴けません。陽気な劇伴やオリジナル・ソングが挿入されていて、なかなか楽しい桃太郎です。ソノシートは音質が悪いので、誰かリマスターしてCD化してくれないかしら。
落語には『桃太郎』という準古典落語があります。寝かしつけに桃太郎を話す父親を言いくるめる、こまっちゃくれた子供の噺です。短い噺なので、本編のマクラに使われることもあり、桂春団治(三代目)は、悪ガキが活躍する『いかけ屋』のマクラで話しています。
三代目桂春團治 傑作上方落語撰(一) 野崎詣り/いかけ屋 (LP)
桃太郎のパロディ落語は他にもあります。イラストレーター和田誠が原作の『鬼ヶ島』です。
和田誠寄席 (2LP)
鬼ヶ島から鬼の村長が婿養子を探しにやって来ます。村長の娘に見初められた職人の留さん、鬼ヶ島の財宝に心が揺れて婿入りを決意するも・・・、というお噺です。演ずるは後の人間国宝、柳家小三治。ストーリーもさることながら、小三治の巧いこと巧いこと。声のトーン、声量、緩急の使いわけ、絶品です。噺の方には、鬼に絡めたジョーク(くすぐり)満載ですので、是非とも全部覚えて、いつか本物の鬼に会ったときに披露したいものです。
絵本などでは可愛く描かれる鬼たちですが、やっていることは暴行、略奪、強姦です。正に鬼畜。鬼は現実にはいないですが、鬼畜な人間は現実にたくさんいます。そんな悪い奴らを、誰か成敗してくれないものだろうか。そのんなとき、ひゅひゅんと小刀が飛んできました!
一つ、人の世の生き血をすすり
二つ、不埒な悪行三昧
三つ、醜い浮世の鬼を、退治てくれよう、桃太郎
ということで、最後はこちらです。
桃太郎侍の歌 / 桃太郎音頭 三波春夫 (7インチ)
山手樹一郎の代表作『桃太郎侍』の映像化決定版、高橋英樹版『桃太郎侍(日本テレビ)』の主題歌です。歌うは三波春夫。ジャケ写はお馴染みの両手を腰の位置で広げるポーズです。このポーズ率高し。ドラマの放送は1976年から81年。オイラはリアルタイム世代ではないですが、夕方の再放送をよくみていました。子供の頃は、節分の鬼の面と風呂敷で真似して遊んでいまいした。
大人になった今、オイラには鬼のような力強さも、桃太郎のような勇気もなく、桃太郎侍のように悪人を成敗することはできませんが、せめてこの世がより良くなるように願いを込めて、今年も豆をまきます。鬼は外!
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
Our Covers #029 伊藤一樹