レコード盤★盤<br>  “二度と新作を聴きたくないレコード”
feature #090

レコード盤★盤
“二度と新作を聴きたくないレコード”

演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。

伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.18 / 20 Mar. 2022

←Ep.17

昨年夏、季節柄戦争をテーマにしたいと思い書いたEp10.「今日はたっぷり!岸壁の母」。最後にこう書いた。

まあ、オイラが戦争反対を訴えなくったって、あんなバカな行為、二度と誰もやらないよね・・・、と、思いたいのだが・・・。

まさか、本当に戦争が起こるとは、夢にも思わなかった。国家対国家の侵略戦争はもう起こらないものだと思っていた。帝国主義の時代は終わり、国が、民族が、個人々々が、互いを尊重し、多様性を認め合うのが21世紀だと思っていた。時代は逆戻りして行くのだろうか。

誤解を恐れずに言えば、レコードを聴くのも、演芸を楽しむのも、不要不急なものだと思う。身の安全と天秤にかければ、どちらが大事かは明白だ。災害、パンデミック、そして戦争が起きれば、レコードどころではない。安心、安全な世の中で、不要不急のものを楽しめる日々がどんなに素晴らしいことか。

小学生だったころ、もう20年近く前、夏になると戦争に関するテレビ番組が放映していた。大人向けのドキュメンタリーや報道番組だけでなく、子供向け番組も多くあった。その頃にみた『はだしのゲン』や『火垂るの墓』。みていて嫌な気持ちになった。栄養がなくて死ぬ子供、ただれる皮膚、焼けて何もなくなった街、いい気持になれるわけがない。できればもう見たくない。小学生の思考回路には、右翼も左翼も、愛国も忠国もなく、ただただ戦争が嫌いになった。そして、いつしか戦争に関するものを遠ざけるようになった。見れば気分が悪くなることはわかりきっていたし、二度と日本で戦争なんて起こらないと思っていた。

浪曲のレコードには、戦争を題材にしたものが多くある。会場録音が主体の落語レコードと違い、浪曲レコードのほとんどはスタジオ録音。わざわざ録音スタジオを抑え、全国流通で販売するわけだから、売上が見込める演者、演題が選ばれている。浪曲レコードには、一流の芸が収められているわけだ。とはいえ、戦争物の浪曲は、買ってもなかなか聴く気になれない。しかし、今回はそんな嫌な気持ちになるレコードと向き合い、厭戦気分を強固なものにしたい。

まずは残留日本兵のレコード。1945年8月に終戦をむかえた後も、赴任先の外地に残り続けた日本兵。30年近くの時を経て日本に復員を果たした2人が浪曲化されている。

Album Title

ドキュメンタリー浪曲 横井庄一の生還/奇蹟のグァム島 天中軒雲月 (LP)

NT2 テイチク
Album Title

軍国の母 天津羽衣 (2LP)

NL2675~6 テイチク
Track
DISC1:ルバング島の母(小野田少尉の母)

横井庄一は28年間に渡るグァムでの潜伏生活の後、現地の人に発見され1972年に帰国。小野田寛郎はフィリンピンのルバング島にて兵士として活動。終戦の報や帰国の呼びかけを、敵軍の偽情報として信じず29年に渡り潜伏を続けるも、現地で遭遇した日本人冒険家との交流を経て1974年に帰国。

横井庄一の浪曲版は、SEや本人の音声も取り入れたタイトル通りのドキュメンタリー・タッチな浪曲。見開きジャケの内側に掲載された帰国後の写真などから、横井さんの明るい人柄が読み取れる。

小野田寛郎の浪曲版は、おそらく帰国前の段階で作られたものと思われる(テイチクは発売年記載がないものが多く、正確には不明)。真偽のわからぬ生存情報に苦悩し、息子を思う母の姿を描く。

30年近く受けた命令を守り続けたのは軍人として立派な事かも知れないが、失われた時は帰ってこない。

戦闘活動を29年間続けた小野田少尉帰還は、少なからず世界に衝撃を与えた。このニュースに触発され、ジャズ・ピアニストで作編曲家の秋吉敏子は『孤軍』作曲、プログレッシブ・ロック・バンドのキャメルは、コンセプト・アルバム『ヌード』を制作した。

Album Title

孤軍 秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンド (LP)

RCA6246 RVC
Track
SIDE B1:孤軍
Album Title

ヌード キャメル (LP)

L20P1049 ポリドール

プロレス・ファンにはお馴染み、格闘王・前田日明の入場テーマ曲『キャプチュード』もこのアルバムに収録。何も知らずにいた頃は前田のテーマを聴くと興奮したものだが、小野田少尉がモデルと知ると、複雑な気持ちになる。

続いてはシベリア抑留。武装解除し投降した日本兵たちはソビエト連邦の捕虜となり、シベリアで長期にわたる強制労働に従事させられた。

シベリアからの復員兵がNHK素人のど自慢で歌った曲が話題となった。後に作曲が𠮷田正とわかり、『異国の丘』とタイトルが付けられるその曲は、抑留の際に兵士の間で歌われていた。この歌をテーマにシベリア抑留生活を浪曲化したものがこちら。 

Album Title

歌謡浪曲 異国の丘/都々逸坊物語 玉川次郎 (LP)

SJV6561 ビクター
Track
SIDE A:歌謡浪曲 異国の丘

零下四十度に達する極寒の夜。だぶだぶのあずき粥と黒パン半斤しか一日に与えられずにガリガリに痩せた体。いつ終わるとも知れない強制労働。祖国の土を踏むまではと我慢我慢の日々の中で、多くの同胞が死んでいったことが語られている。

次は特攻隊。戦闘機に爆弾を付けて敵艦に突撃し、自身の命を捨てて敵機を屠る特攻作戦。鹿児島県にあった知覧特攻基地には、15~22,3才までの少年飛行兵が集められていた。基地近くの軍指定食堂の主で、兵士たちから知覧の母、特攻の母と慕われた島浜とめをモデルとした浪曲がこちら。

Album Title

現代浪曲シリーズ 特攻の母/女やもン!物語 二葉百合子 (LP)

SKM5050 キングレコード
Track
SIDE A:特攻の母

二葉百合子は、節回しも啖呵も歌も素晴らしく、針を落とせばずっと聴いてしまう。二葉節に聴き惚れて、ずっと聴いた先にあるのは、亡くなった多くの命。知覧から飛び立った少年兵たちは、誰一人帰ってこなかったという。

最後は、無差別爆撃を描いた2枚をご紹介。

Album Title

あゝヒロシマ 真山一郎 (LP)

SKM5003 キングレコード
Track
SIDE A:あゝヒロシマ
Album Title

大阪大空襲 冨士月の栄 (LP)

RD5012 ローオンレコード

1945年8月6日、原子爆弾投下。同年3月~8月にかけて、大阪は8回に渡る空襲を受ける。

真山一郎『あゝヒロシマ』で描かれるのは、原爆投下から数年が経った父子の姿。母は原爆の後遺症による白血病で既に亡くなっており、その後、息子も白血病を発症し、死に向かう。途中の節回しのパートでは、原爆投下直後の惨たらしい模様が語られる。

冨士月の栄は、大阪大空襲を生き延びる母子の姿を描く。物語の中心人物である母子は助かるが、息子の疎開先では、同級生の家族が防空壕内で全員死亡。空襲から逃げる際には、母の背中におぶわれた妹が爆弾の破片を受け死亡。

兵隊と兵隊が戦う、軍事施設しか狙わない、そんな事は絶対になく、戦争が起きれば民間人が確実に死ぬ。

今の日本は数々の犠牲の上に成り立っている、それを忘れちゃいけない。今回紹介したレコードの多くでそう語られていた。ほとんどが40年以上前に発売されたレコード。その時で既に、多くの人が戦争を忘れようとしていた。忘れようというか、辛いから向き合いたくなかったのではないだろうか。今回レコードを聴いて自分も思った。現実の戦争と向き合いたくない。この先、新たに起こる戦争を題材に、戦争物浪曲の新作を聴く機会が訪れないことを切に願う。

つづく

Profile
1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
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