レコード盤★盤<br>“活字を聴く、レコードで。”
feature #155

レコード盤★盤
“活字を聴く、レコードで。”

演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。

伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.36 / 20 Oct. 2023

←Ep.35

アナログ人間だからなのか、紙の本が好きです。映像や音楽と違い、本は自分のペースで読み進められます。ページを捲る度にまだ見ぬ世界が広がり、新たな知識が身体に沁み込んでいく。活字を自分で読み進めていく行為によって、人は少しずつアップデートされ、成長していく。そう思っていました。本を読まない人なんて信じられない。

そんな考えは、本好きだけの勝手な思い上がり。そう気づかされる紙の本に出会いました。第161回芥川賞受賞作『ハンチバック』です。既に様々なメディアで紹介されていますが、作者の市川沙央氏は先天性の障害により、紙の本を自由に読むことが困難です。長時間一定の姿勢を保って紙の本のページを捲ることも、書店に出向き、気に入った本を自由に手に取ることもできません。『ハンチバック』には、紙の本を至上とするオイラのような人への恨みが綴られ、いかに自分の視野が狭かったか思い知ります。

2019年には読書バリアフリー法が成立され、様々な形で活字文化を楽しめるようになりつつあります。紙の本という形以外の本の中で、もっとも知られている形態がオーディオブックではないでしょうか。インターネットやスマートホンの普及により、オーディオブックはよりメジャーな存在となりました。視覚障害の有無に関わらず、音声データの本を楽しむ人は増えているようです。

現代ではオーディオブックはスマホでダウンロードして聴くのが一般的ですが、かつてそういった類の商品はレコードやカセットで発売されていました。中古レコード屋の「その他」のコーナーに行くと、朗読や実用講座のレコードをたまに見かけます。こういったレコードたちも、活字文化普及に微力ながら貢献していたのでしょう。安価で売られていることも多いです。見つけたら買って聴いてあげてください。

オススメはもちろん、芸人のレコード。ナレーターや声優が本職の人とは違った魅力があります。そこで今回は、演芸人による、聴いて楽しむ活字作品をご紹介いたします。まずは文芸浪曲の祖の名演から。

Album Title

恩讐の彼方 酒井雲 (LP)

NL2395 テイチク

浪曲の演目と言えば、勧善懲悪もの、武士の立志伝、忠義ものなどがよく知られていましたが、そこに新風を持ち込んだのが酒井雲。戦前から戦後にかけて活躍した浪曲師です。当時人気の大衆小説を浪曲に翻案し口演、同時代の浪曲師とは一線を画していました。本作では、菊池寛の同名小説を浪曲化。戦前に書かれた小説なので、活字で読むと現代とはちょいと違う言葉遣いに面喰いますが、浪曲で聴くとあら不思議。三味線と節に乗せてストーリーが入ってきます。お試しください。

文芸浪曲は、弟子である村田英雄にも受け継がれます。Ep.8にも書きましたが、村田英雄は本を読めない / 読まない人にも文芸作品の楽しさを味わってもらうため、多くの小説を読み漁り、作者のもとへ出向き、浪曲化の許可をもらっていたそうです。歌手転向後も、『王将』、『無法松の一生』、『花と竜』など、文芸ものヒット曲があります。

数ある村田英雄の文芸浪曲の中でも、おすすめはこちら。中里介山の『大菩薩峠』です。

Album Title

大菩薩峠 第一部 甲源一刀流の巻 村田英雄 (10インチ)

DL63 コロムビア
Album Title

大菩薩峠 第二部 村田英雄 (10インチ)

DL64 コロムビア
Album Title

大菩薩峠 第三部 村田英雄 (10インチ)

DL66 コロムビア

連載期間は約三十年。現在もっとも買いやすいちくま文庫版は全二十巻の超大作(作者死去により未完)です。さすがに全編浪曲化しているわけではないですが、いくつかのエピソードを吹き込んでいるので、レコード三枚聴くだけで、なんとなく『大菩薩峠』をわかった気になれます。豪放な声で繊細な節回しの村田節を、物語と一緒にお楽しみください。

ここまで時代がかった文芸ものでしたが、現代ものもあります。三浦綾子の『氷点』の浪曲版がこちら。

Album Title

氷点 天津羽衣 (LP)

NL2191 テイチク

1963年当時、破格の賞金一千万円の懸賞小説入選作品の『氷点』。映像化作品で馴染みがある人も多いかと思いますが、この浪曲レコード版も是非おすすめ。相三味線もいいし、オケやオルガンの劇伴もいいし、天津羽衣の節回しも啖呵も地語りもいい。往年のラジオドラマのような出来栄え。ドロドロメロドラマな展開には、クサいくらいの浪曲が丁度合うんです。お試しください。

最後に活字作品レコード化の中でも、オイラのイチオシをご紹介します。他のレコードと比べても群を抜く完成度。昭和落語界の名人中の名人・三遊亭圓生の、圧倒的なまでの話芸を堪能できる『圓生名作噺』全三作です。

Album Title

圓生名作噺 第一集 (2LP)

TY50054~5 東芝
Track
DISC1 A:高瀬舟(作:森鷗外)、B:名月八幡祭(作:池田大伍) DISC2 白浪看板(作:池波正太郎)
Album Title

圓生名作噺 第二集 (2LP)

TY50056~7 東芝
Track
DISC1 生きている小平次(作:鈴木泉三郎)、DISC2 A:お富の貞操(作:芥川龍之介)、B:地獄変(作:芥川龍之介)
Album Title

圓生名作噺 第三集 (2LP)

TY50058~9 東芝
Track
DISC1 A:権十郎の芝居(作:岡本綺堂)、B:露夜狸(作:宇野信夫)、DISC2 水たたき(作:山本周五郎)

会話が中心となる落語の口演と違い、原作を尊重し地語りも多く、音楽や効果音なども巧みに入ります。落語とは趣の異なる噺の世界。

 とにかく圓生の語りが巧い。地の文の語りも、会話も、細部まで神経が行き届いていて、物語の世界の情景から登場人物の表情まで、容易に想像できてしまいます。下手に映像化するより、圓生が語った方が画が浮かぶ。よく出来過ぎていて、『高瀬舟』や『地獄変』の後味の悪さが際立ちます。原作を読むより、ずっしりと気持ちが重くなるので要注意。

良い文芸作品というものは、紙で読もうがレコードで聴こうが、思わず物語の持つ世界に入り込んでしまい、いつの間にか心が揺さぶられています。この経験のひとつひとつが積み重なって、人間性を形成していく。本にもレコードにもその力がある。オイラはそう思うのだ。これからも良い作品に出会い、人間として成長したい、そう思いつつ、ま、なんかダラダラして、なにもしなかったりするんだな。それもいいじゃない、人間だもの。

(つづく)

Profile
1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
Our Covers #029 伊藤一樹

Our Covers

Yo. Shinoyama
Our Covers #098

Yo. Shinoyama

Searchin' music store
内田大樹
Our Covers #097

内田大樹

rotary店主
Iñigo Pastor
Our Covers #096

Iñigo Pastor

Munster Records
奥山一浩
Our Covers #095

奥山一浩

PICKUP + oncafe 店主

EyeTube

The Nat Birchall Quartet – Ringo Oiwake [美空ひばり]
EyeTube #1775

The Nat Birchall Quartet – Ringo Oiwake [美空ひばり]

The Bodysnatchers – Too Experienced [Bob Andy]
EyeTube #1774

The Bodysnatchers – Too Experienced [Bob Andy]

The Beatles feat. Tony Sheridan – What’d I Say [Ray Charles]
EyeTube #1773

The Beatles feat. Tony Sheridan – What’d I Say [Ray Charles]

Nick Heyward – Hot Love [T. Rex]
EyeTube #1772

Nick Heyward – Hot Love [T. Rex]

Playlists

Editor’s Choice
Playlists #001

Editor’s Choice

Store

Mew O’Clock
T-Shirts

Mew O’Clock

eyeshadow’s Dub Workshop<br/>“Ethiopian Relaxation”
T-Shirts

eyeshadow’s Dub Workshop
“Ethiopian Relaxation”

Mew O’Clock – Mug
Goods

Mew O’Clock – Mug