レコード盤★盤<br>“「殿中でござる!」の、レコードでござる”
feature #030

レコード盤★盤
“「殿中でござる!」の、レコードでござる”

演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。

伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.2 / 20 Nov. 2020

←Ep.1

年の瀬が近づくと、忠臣蔵気分になる。「忠義」、「仇討ち」というワードに心がくすぐられるのは、オイラだけではないだろう。

小さい頃には、忠臣蔵の良さは全くわからなかった。長い、長い、ひたすら長い。そんな印象しかなかった。オイラが子供の頃は毎年のように、年末には忠臣蔵のテレビ番組があった。驚くほど長時間のテレビドラマを見続ける両親を見て、バっカじゃなかろうかと思った。しかし、バカはオイラの方だった。歳を重ね、演芸への熱が加速し、徐々に忠臣蔵の全容がわかり始めると、なんと面白い物語なのだと思うようになった。今じゃ忠臣蔵が大好きです。ああ、12時間ドラマ見ときゃ良かった。

ここで、忠臣蔵を全く知らない人のために、超ざっくりとストーリーを解説しよう。

現代の兵庫県南西部、赤穂藩の藩主・浅野内匠頭〈あさのたくみのかみ〉は、ちーと身分のお高い吉良上野介〈きらこうずけのすけ〉という人に、度重なる嫌がらせを受けていた。耐えに耐えていたが、ついに怒り心頭に発し、吉良に対して刀を抜く。しかし、ここは江戸城松の廊下。殿中(城の中)で刀を抜くのはご法度。周囲の者に取り押さえられてしまい、吉良の額に傷をつけただけで、斬り殺すには至れず。加害者である浅野は即日切腹、お家断絶の処分となるが、喧嘩両成敗が原則にも関わらず吉良はお咎めなし。これを不服としたのが家臣・大石内蔵助〈おおいしくらのすけ〉ら赤穂藩の武士たち。主君の敵・吉良を討つべく虎視眈々とその時を狙っていた。そして時はきた。元禄15年12月14日の未明、吉良邸に赤穂浪士四十七人が討ち入り、遂に吉良の首を獲り、見事、主君浅野の本懐を遂げるのであった。しかし、いくら仇討ちとはいえ、討ち入りは今でいうテロ行為、人殺しには変わりない。翌年、幕府の命により、赤穂浪士たちは切腹とあいなった。

江戸時代に実際に起きたこの事件。数年後に浄瑠璃化され、その後すぐに歌舞伎化。太平の世に起きた仇討ち事件は、庶民に大人気。ようは大スキャンダルな事件だったわけです。その後、講談、浪曲、大衆演劇、映画など、様々なメディアに姿を変え、語り継がれていきます。赤穂浪士四十七人のサイドストーリーも数多くあり、歌舞伎版を下地とした落語や講談ネタも。『忠臣蔵』の全容が掴めてくると、日本の芸能がもっと楽しくなるのだ。

この壮大なストーリーの発端とも言えるのが、江戸城松の廊下での刃傷事件。多種多様なスタイルで、レコードになっています。みなさまが忠臣蔵をより楽しむきかっけにと、今回は松の廊下の刃傷事件を題材にしたレコードの紹介でござる。

まずはこれだ!

Album Title

三波春夫の大忠臣蔵(2LP)

SL250~1 テイチク
Song Title
Disc1 A1 長編歌謡浪曲 あゝ松の廊下

国民的歌手と称される三波春夫が挑んだ、忠臣蔵全編レコード化企画『大忠臣蔵』。5枚組のボックス・セットで発売されました。そこから2LPに抜粋されたものが『三波春夫の大忠臣蔵』。え、なぜ編集盤を選んだかって? それはね、こっちのジャケットの方が断然忠臣蔵っぽいのよ。火事装束姿の三波春夫先生がかっこうイイ! ボックス・セットの方は、紫地バックの中央に大忠臣蔵と書いてあるだけ。ちょっと映えないでしょ。
洋楽器を伴奏とする歌謡浪曲スタイルで歌われるこの曲。語りパートと歌パートがバランスよく配分されており、三波春夫の台詞にバスっ、バスっとバックのオーケストラがハマっていくのが快感。3番の歌詞のラスト、「忠臣蔵の幕が開く」のところで興奮が最高潮に。「おのれ、吉良め!」と、血潮がたぎります。

続きましては、浪曲です。

Album Title

名人競演 大忠臣蔵(2LP)

NL2242~3 テイチク
Song Title
Disc1 A1 第一話 江戸の風雲/鹿島秀月

これはちょっと変わり種。浅野が松の廊下で刃傷事件を起こす手前を浪曲化。一度は吉良に斬りかかる覚悟を決めた浅野だが、家臣の忠告により思いとどまる。賄賂にまみれた吉良を斬ることでお家断絶になっては汚名だと言われ、己の考えの愚かさに気が付く浅野。しかし、ラスト1分のエピローグのような語り部分で、刃傷事件を起こしましたと伝えられる。あれほど短気を起こしてはならないと家臣が忠告してくれたのに! 短気は損気。ときには我慢も必要と考えさせられる一席。日常生活で何かイヤなことがあっても、ここでキレたらお家断絶だぞ、と、思いとどまろう。

お次は打って変わりまして、あまり深く考えないで聴けるものを。

Album Title

泉州江州音頭

5145 テイチク
Song Title
A1 刃傷松の廊下/若葉春若

祭文語りから派生したといわれる滋賀県の郷土芸能、江州音頭。その大阪版が泉州音頭。同じく大阪の郷土芸能である河内音頭と同様に、浪曲などの演目を取り入れ、ストーリーテリングな盆踊りとして進化し、今も人々を楽しませている。音頭のグルーヴにのって語られる『刃傷松の廊下』は、怒り、憎しみといった感情が薄れ、なんとなくマイルドに聴こえる。登場人物に感情移入しづらい分、純粋にストーリーを追うのには最適。そして何より、踊れる! ビート効いた忠臣蔵も楽しいもんです。

次は本家本元の忠臣蔵です。

Album Title

仮名手本忠臣蔵(ソノシート×8)

朝日ソノプレス社
Song Title
シート2 三段目 足利館松の間刃傷の場

元々は歌舞伎で人気の演目の忠臣蔵。歌舞伎では『仮名手本忠臣蔵』といいます。あからさまにノンフィクションで演じると幕府からの摘発に合うため、あくまでフィクションということで、人物、場所の名前がやや変更されています。
全十一段からなる『仮名手本忠臣蔵』。それぞれの段のイイとこ取りをしたのがこのソノシート。シート2に収録、十一段中の三段目にあたる松の廊下(歌舞伎版では松の間)の場面は、吉良(歌舞伎版では高武蔵守師直〈こうむさしのかみもろなお〉)に斬りかかろうと、大石(歌舞伎版だと塩冶判官高貞〈えんやはんがんたかさだ〉)が刀を抜くか否か逡巡しているところをフィーチャー。豪華絢爛な舞台と衣装が魅力の歌舞伎ですが、レコードで聴くと視覚情報からカットされる分、役者の感情の機微が台詞回しから伝わってきます。吉良(高武蔵守師直)の台詞の言い回しの憎たらしいことったらない。バックの太棹三味線の倍音の響きもイイ。

最後はこの曲。松の廊下と言えばこの曲をおいて他になし。

Album Title

真山一郎 歌謡ヒットパレード

KR23 キングレコード
Song Title
B1 刃傷松の廊下

松の廊下でのエピソードを見事に3分でまとめたのがこの曲。歌謡浪曲の第一人者、真山一郎の代表曲です。シングル曲なので、EPの画像を載せればいいものの、今回掲載は編集盤のLP。なぜかって? それはね、ハイ、お察しの通り、ジャケットが忠臣蔵っぽいからです。烏帽子大紋を身にまとい、今にも吉良に斬りかかろうとしております。ジャケットもレコードの魅力の一つ。ジャケット眺めながら聴くのもまた一興。このジャケットは忠臣蔵気分を盛り立てます。ジャケットも良いけど、歌の方ももちろん素晴らしい! 吉良への怒り、五万三千石の領地をなげうってでも斬り殺そうという浅野の覚悟、びんびん伝わってきます。まさに名唱。艶やかで伸びのある高音が素晴らしく、心をつんざきます。
3分では足りない、もっと聴きたい! という人には、同じくキングレコードから長尺版の『刃傷松の廊下』もリリースされています。もちろん、こちらもオススメ!

Album Title

忠臣蔵花雪二枚屏風 花の巻 刃傷松の廊下/雪の巻 南部坂雪の別れ 真山一郎

KR5025 キングレコード
Song Title
A 刃傷松の廊下

さて、この真山一郎『刃傷松の廊下』は、様々な人がカヴァーしています。中でも有名なのが、藤圭子。1970年代に突如現れた演歌の星。父は浪曲師、母は曲師(浪曲三味線奏者)、娘は御存知・宇多田ヒカルです。『歌謡劇場』というLPに収録されているのですが、これが高くて買えないの! ひとたびヤフオクに出品されれば、あれよあれよと2万、3万という値が付きます。聴きたくても高くて買えないよ。もしね、どこかで安く売っているのを見つけたら、そっとオイラに教えてね。

さあ、お気に入りの松の廊下は見つかりましたか? まずは忠臣蔵の発端をレコードで押さえ、続く本筋やサイドストーリーを楽しめるようになれば、人生がちょっとだけ豊かになる…、んじゃないかなぁ。そう信じて、もしまた12時間ドラマをやるときは、必ず最後まで見届けたいです。令和の忠臣蔵ドラマを希望するでござる。

つづく

Profile
1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。書店勤務を経て、現在はディスクユニオンの書籍販売担当として勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。 https://twitter.com/RAKUGORECORD
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