演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.11 / 20 Aug. 2021
夏といえば怪談。ベタな発想だとお思いでしょうが、子供の頃から怪談やらオカルトの類が大好きなもんで。『あなたの知らない世界』とか、TVタックルの『超常現象バトル』とか、もう食い入るようにみてましたね。たとえウソだ、作り話だとわかっていても、やっぱりゾクゾクするんです。というわけで、今回はちょっとオカルトちっくなレコードを紹介しようと思います。
だいたいどこの国でも、芸能の事始めは土着的な信仰や宗教的なものなわけで、日本の古典芸能にも、幽霊や妖怪といった怪異がよく出てきます。オイラの愛する語り芸の世界でも同様で、落語や講談の怪談噺は人気演目の一つ。浪曲にも怪談演目がありますし、昨今は稲川淳二に代表されるような、怪談語りを生業にする怪談師という専門家もあらわれました。様々な怪談演芸があるもんです。そんな中からどんなレコードを紹介するのかといいますと、異色の語りモノ、イタコのレコードです。
東北地方、主に青森県で口寄せという一種の降霊術を行う巫女、イタコ。日本のシャーマンとも呼ばれています。口寄せの際に唱えられる祭文は独特のリズムとメロディーを持っており、イタコ信奉者にとっては不謹慎に聞こえるかも知れませんが、民俗芸能といった趣があります。
それでは早速、イタコのレコードを聴いていきましょうという前に、まずは気分を盛り上げるためにこれを聴きましょう。
A面収録の楽曲「恐山」は、青森県下北半島にある霊山・恐山と、そこに集まるイタコをモチーフにして作られています。何も知らずに聴くと100%心臓が止まるかと思う衝撃的なイントロに続き、イタコの祭文、その後ドロドロとしたグルーヴが続き、ロックなバンド・サウンドと合唱が融合していきます。土着的なサウンドとロックが交錯するボーダー・レスな作品。演奏するのは映画『AKIRA』のサウンドトラックで有名な芸能山城組。地声での発声による合唱グループを前身としているため、こういった民俗的サウンドによく合います。
さあ、気分が盛り上がったところで、ホンモノのイタコの録音を聴いてみましょう。
実録・恐山 (LP)
70年代に作られたドキュメンタリー・レコード。雰囲気のあるジャケットでしょ。村岡実の尺八、寒々とした風の音に続き、東北訛りの落ち着いたトーンのナレーションで語られる下北半島の怪異譚。そしてイタコの口寄せが始まります。数珠で刻まれる一定のリズム、イタコの口から紡ぎだされる祭文と死者の魂の語り。この一定のリズムと、独特の抑揚のある語りはある種のトランス状態を引き起こします。長い間こういった風習が人々に受け入れられてきた背景には、この語りそのものに人を惹きつける力があるからではないでしょうか。
日本各地に伝わる民俗芸能を集めて廻った小沢昭一の「日本の放浪芸」シリーズにも、イタコの口寄せが収録されています。
日本の放浪芸 (7LP BOX)
基本的にイタコは、盲目の女性の職業とされています。かつての日本は、盲目の人が就く職業は非常に少なく、芸人となって生活する盲人が多くいました。そんな盲人芸の一つとして、イタコが紹介されています。現地出張録音ならではの臨場感、また、小沢昭一の解説を兼ねたナレーションで、イタコという風習、芸能に理解と愛着が深まります。昔のイタコがよく用いていたという弓を叩きながらの祭文の弓の音色、倍音の響きが神秘的です。
民間信仰のシャーマン的な存在のイタコ。日本の放浪芸ではタイトルの通り、芸能の一つとして紹介されましたが、本当に芸能になってしまったイタコもあります。それが、次からご紹介する「いたこおろし」です。
津軽口説 いたこおろしと漫芸 (LP)
これまたイタコっぽいイイ感じのジャケットですね。さて、「いたこおろし」とは一体なんぞやというわけですが、ライナーノーツに解説が載っております。レコードのライナーノーツは本当に勉強になります。ライナーノーツによると「いたこおろし」とは、津軽の芸人たちが地方巡業で始めた唯一の話芸。起こりは昭和十二、三年頃。芸人の立場は今よりぐっと低く、なり手も少なかったため、公演時間を持たすために始められたイタコの口寄せ風な民謡漫談。その場で即興的に唄われるため、限られた芸人しかできない高度な芸とのこと。聴いてみると、ホントにイタコっぽい。口寄せのような抑揚をつけた語り、というか、唄というか、イタコの素養がない人にとっては、ホンモノのイタコと区別が付かないですよ。語りの内容は、いついつ自分は死んでしまい云々といった、霊が憑依した場面を表現。ただ、東北独特の言葉遣いは関東出身のオイラにはちょいと難しく、半分も理解できません。
ちなみにレコードのタイトルにある「漫芸」。土地の言葉を活かした滑稽な芸のことで、東北地方の芸人に多くみられる呼び方です。「漫芸」といえば、東北のチャップリンといわれたこの芸人を思い出します。
笑いの王国 大潟八郎の秋田漫芸集 実況録音盤 (LP)
秋田弁での漫談と民謡、滑稽な踊りとひとり芝居で東北を沸かせた大潟八郎。1980年代には関東にも活動域を広げ人気を博しました。このレコードは宮城県での巡業の模様を収録したライヴ盤。東北での人気はホントに凄かったんだろうな。会場バカウケ。B面では、東北弁の訛りに関しての漫談に続けて、いたこおろしを披露。内容はやっぱり自分はいついつ死んで云々。しかし、やはりこちらも秋田訛りが強すぎて半分も理解できず。芸人らしく、最後は話にオチをつけていますが、東北言葉をもうちょい理解できると、ドッと笑えるんだろうな。
おなじく東北出身、漫芸の人気者、斎藤又四郎もいたこおろしをレコードに収録しています。
斎藤又四郎 じょんがら漫芸 (LP)
斎藤又四郎のいたこおろしは、地語り、イタコ、イタコへの依頼者と一人で三役演じ分けています。ここまでくると、本当にイタコが話芸に進化したのだなと感じさせられます。三役使い分けているのはわかりますが、やはり、東北独特の言葉遣いで半分も理解できませんでした。東北出身の人に対訳をつけてほしい。
夏といえば怪談というわけで、ここまでイタコのレコードをみてきました。オイラは今年の夏も、イタコをはじめ怪談・怪奇系レコード聴いたり、怖い映画観たり、ホラー小説を読んだりして、夏を楽しんでいます。
最近読んだホラー小説、澤村伊知の『予言の島』(角川ホラー文庫)に、イタコに関する記述がありました。なんでも、恐山のイタコは、1970年代に国鉄が行った〈ディスカバー・ジャパン〉というキャンペーンの後にできたものだそうで。恐山もイタコもそれぞれ昔からあったが、恐山は仏教、イタコは民間信仰のシャーマン。〈ディスカバー・ジャパン〉以降、その二つが結びつき、イタコは数ある本来の仕事のうち口寄せに特化し、縁もゆかりもない恐山の菩提寺に間借りし、口寄せを行うようになった、いわば新しいタイプの巫女だそうです。
今回のコラムで取り上げたレコードも、恐山=イタコのイメージが強調されているものがありますが、これは作られたイメージなんですね。そういえば、東京オリンピックの閉会式、東京音頭で盆踊りというパフォーマンスがあったそうですが、それを日本の伝統文化と紹介するメディアがありました。東京音頭は昭和初期にビクターが売り出した新民謡。古来から唄い継がれてきた曲じゃないのにね。日本の伝統は上書きされていくということを学んだ今年の夏でした。
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。書店勤務を経て、現在はディスクユニオンの書籍販売担当として勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
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