演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.23 / 19 Aug. 2022
子供のころから怖い話が好きでして、もう何でもござれです。妖怪、幽霊、悪魔、呪い、祟り、ホラー小説もホラー映画も好きです。毎年夏になると、ウソかマコトかわからないオカルト・チックなテレビ番組がやっていて、食い入るようにみていました。虚実がわからなくてもいいんです。楽しいから。
いわゆる怖い話の中でも、ひときわ輝きを放つのが小泉八雲の『怪談』です。日本各地に残る伝説をもとに編まれたこの短編集は、民俗学的な要素と高い文学性が見事に融合した傑作。日本の怪談ここにありです。
作者である小泉八雲は作家、文章を書くのが生業ですが、口承の文学、耳から聴く語りを大切にしていたと知られています。そこで今回は、耳で楽しむ怪談といきましょう。八雲の『怪談』冒頭に収録されている「耳なし芳一のはなし」にまつわるレコードをご紹介します。まずはドラマ・レコードから。
ストーリーを楽しむのに最適なのが『まんが日本昔ばなし』のレコード。テレビで放映されたほとんどそのままを収録しています。音だけにも関わらず画が頭に浮かんでくるから凄い。出演者はもちろん、市原悦子と常田富士夫の二人のみ。声色をほとんど変えることなくとも、ナレーション、芳一、和尚、寺男、平家の亡霊たちのそれぞれがはっきりと浮かび上がります。
ミステリー・サウンド 幽霊 (LP)
こちらはガチ怖系のドラマ・レコード。まずなによりジャケットが気持ち悪い。長い髪から覗く目。購入者を怖がらせようという作り手の意志の高さを感じます。
もちろん内容もジャケに劣らず素晴らしい。脚本は作詞家の吉岡オサム、音楽は山本直純、出演は東野英治郎や大塚道子と、こちらにも作り手の本気度を感じます。物語を音だけで聴くと、必要以上に想像してしまいがちです。部屋を暗くしてじっくりと聴いていると、だんだん自分自身と芳一とが倒錯してきます。その内に平家の怨霊が本当に迎えに来ているかのように…、とまあ、そこまでではないですが、結構それに近い恐怖を感じるレコードです。恐ろしや。
ところで、そもそも主人公の芳一とは何者だったのか。琵琶法師という職業芸能、そして、琵琶という楽器に興味が湧いてきた。以前買った琵琶のレコードを聴いてみたり、日本の音楽史の本を読んでみたりしてみたのだが…、ちょっとよくわからない。なんせ、オイラの好きな演芸の世界でよく使われるのは三味線。庶民が楽しむような三味線音楽が発展したのは江戸後期、琵琶の日本伝来は奈良時代。およそ1,000年の差が生み出す歴史と文化の差は大きい。
とはいえ、語り芸好きとしてはいずれ琵琶と向き合いたいと思います。とりあえず今回のところは、このレコードがしっくりときました。
黛敏郎 古典の旅 語り物音楽の招待 (LP)
作曲家黛敏郎が日本の古典音楽を紹介するシリーズ企画より、語り物音楽を特集した1枚。A面で、日本におけるすべての音楽の祖ともいうべき「声明」から、「盲僧琵琶」、「薩摩琵琶」、「筑前琵琶」と、変遷の順に収録。宗教的な声明、土着感の強い盲僧琵琶とその後の琵琶は全くの別物で、歴史を追うごとにサウンドが洗練していくのがわかります。ただ、サウンドの魅力はわかるが、言っていること、語っていることがわからない。中学、高校と、古文の授業を疎かにしていたからな。琵琶と向き合う前に、古文と向き合わねば。
お次は言葉のいらないインストゥルメンタル。まずはこちら。
館野泉/驚異のピアノ・サウンド!! 「小泉八雲の怪談によるバラード」より (LP)
フィンランドの作曲家ノルドグレンの作品。ピアニスト館野泉からピアノ曲を依頼され作曲中に読んでいたのが小泉八雲の『怪談』。そこからピアノ曲に求める雰囲気を感じ取り、日本的なものを取り入れたいと考えていたノルドグレンは、できあがった曲に「耳なし芳一」とタイトルをつけます(その後、その他の怪談ナンバーができ連作に)。名レコーディング・エンジニア行方洋一による優秀録音盤としても知られる本作品。怪しげなピアノ・サウンドは、確かに怪談の世界観をうまく表現しています。
武満徹の音楽2 (LP)
こちらはEp.4でも紹介した映画『怪談』の劇伴。日本の近現代を代表する作曲家武満徹による作品です。1960年代前半から、自身の作品に琵琶を取り入れ始めた武満。映画公開の2年後の1967年初演された琵琶、尺八、オーケストラのための楽曲「ノヴェンバー・ステップス」で、武満は世界的な評価を得ることとなります。「耳なし芳一」を経て世界へ、とは言い過ぎですが、怪談ファンとしては嬉しいエピソードなのです。
夏になると演芸の世界も怪談噺で盛り上がります。主に落語と講談が多いですが、浪曲も忘れちゃいけない。あまり馴染みがないかも知れませんが、浪曲にだって怪談モノがあるんです。最後に浪曲版「耳なし芳一」をご紹介しましょう。
浪曲 耳なし芳一・国定忠治 玉川勝翁 (LP)
浪曲といえば、浪曲師+曲師の二人が基本ですが、レコードは別物。昭和の時代、音楽や効果音を巧みに取り入れた浪曲レコードが多くあります。こちらのレコードでは、箏と琵琶入り。芳一を彷彿させる琵琶の音色、そしてピアノの内部奏法のように弦を擦り、で怪しげな雰囲気を出す箏が素晴らしく、芸も音も楽しめる名演。
勝翁は、弟子に名前を譲る前の二代目勝太郎時代、相三味線一丁で口演する「耳なし芳一」も録音しています。琵琶と箏なしでも、もちろん玉川の芸は凄い! こちらも是非聴いてみて欲しいです。
相三味線一丁と言いましたが、こちらは二丁です。
浪曲 耳なし芳一 浪花家辰造 (LP)
浪花家辰造の売りは相三味線が二丁の二丁三味線。単音と複音、撥のアタックも絡み合うのが二丁三味線の魅力。ナイト・レンジャーやイーグルスなど、ツイン・ギター好きなら二丁三味線も絶対イケます!琵琶と同様に豊かな倍音の響きを持つ三味線。それが二丁でさらに深まる響きの奥行。それをこちらも倍音豊かな辰造の浪曲ボイスが引っ張っていく名演です。
勝翁と辰造の「耳なし芳一」、共に浪曲作家の秩父重剛の台本によるもの。両方ともほとんど同じセリフ回しですが、ところどころ違いがあって、勝翁と辰造の違いの個性の違いを楽しめます。
今回は「耳なし芳一」をテーマにレコードを紹介してきました。様々な「耳なし芳一」を聴けば聴くほど思うのは、芳一が語る『平家物語』とは、それほど魅力的な話だったのだろうか。なんせ、中学の教科書以来読んでないもんで。
琵琶法師の語る『平家物語』は、日本の語り芸能の元祖だといわれています。演芸好き、語り芸好きのオイラ、遂に芸のルーツに向き合うのか、次回、乞うご期待。
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
Our Covers #029 伊藤一樹