
演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.44 / 22 Jul. 2024
私事ですが、来年、不惑の四十をむかえます。コロナ禍も罹患せずに乗り切り、それどころかマスクと手指消毒の習慣がついたせいか風邪もひかなくなりました。かつて織田信長は〈人生五十年〉と舞いましたが、いまや〈人生百年〉の時代。このまま残り六十余年、なんとか健康なまま長生きしたいものです。
長寿を願うのは、今も昔も変わりません。近代医学が発達する以前は、子供の死亡率は今よりはるかに高く、親は子に、長寿の願いを込めた名前をつけることもありました。それも行き過ぎると、落語の方の幕が開くようでして、
八五郎「ご隠居、ご隠居」
隠居「おう、どうした八っつぁん」
八五郎「じつは、お願いがありましてまいりやした」
隠居「ほう、どうした?」
八五郎「あっしのとこに、子どもが生まれまして」
隠居「そりゃめでたいな」
八五郎「そんで、隠居に名前を付けてもらいてぇと思って来たんです」
おっと、思わず落語を始めちまった。あまりにもマクラっぽかったもんで。というわけで今回は、『寿限無』のレコードをご紹介します。
子供向けのテレビ番組や絵本でもお馴染みとなった古典落語『寿限無』。長い名前の言い立てが入門初期の練習材料となるため、前座噺として知られています。前座がやる『寿限無』は本当につまらないのですが(おもしろい人は二つ目間近です)、トップ・プロの口演は一味違います。まずは落語界のスーパースター、林家木久扇(当時:木久蔵)の口演から。

誰もが知っている噺でも、まだまだ笑える。何回聴いても笑う。木久扇の『寿限無』は絶品です。「寿限無寿限無五劫のすりきれ~」の言い立て部分が、登場人物ごとにはっきりとわかれていて、何回聴いても飽きがこない。トーン、スピードの使い分けに人物のキャラクター性の違いがにじみ出て、そこが笑いのポイントになっている。まさしくプロの話芸です。
次は三遊亭圓窓の口演です。

らくご・いろは長屋(二) 三遊亭圓窓 (LP)
『寿限無』の元となったとされるのは、『長い名前の子ども』という昔話です。長い名前を付けられた子供が川で溺れてしまい、友達が助けを呼びに行くも、名前が長過ぎて、名前を言っている間に流されて死んでしまうというお話です(この他にも様々なバリエーションあり)。落語の『寿限無』は、子ども同士が喧嘩して、名前を言っている間にたんこぶが引っ込んでしまうというオチが定番です。『長い名前の子ども』よりはマイルドになりました。圓窓はさらにオチに一工夫。長い名前を言っている間に、学校が夏休みになってしまいます。なんとも荒唐無稽、だけど、優しい。今風にいう〈傷つけない笑い〉。昭和の時代に実践していたのは慧眼です。昭和に比べ令和では、暴力性への嫌悪感が増してきています。伝統的なものをそのまま継承するだけでなく、時代に合わせた変化を咥えていくのも、伝統が生き永らえる術なのかも知れません。
超メジャー古典落語ということもあって、『寿限無』は歌にもなっています。四曲続けてご紹介。

寿限無 雷門ケン坊 (7インチ)
子役としても活躍した子供落語家の落語ソング。

恋があぶない ずうとるび (LP)
『笑点』出身のアイドル・バンドのサード・アルバム収録曲。

あゝ寿限無 神楽坂かおる (7インチ)
異色歌謡レコードの多い鴬芸者/芸者歌手の一九八〇年のシングル。

落語の歌 寿限無の嘆き デューク・エイセス (7インチ)
昭和歌謡界を代表するコーラス・グループによる落語ソング。
どの曲も、言い立ての部分にメロディーをつけ、キャッチーな仕上がりになっています。中でもデューク・エイセスの曲はおすすめ。寿限無少年が成長して女性に恋をして、そしてラストはこの曲オリジナルのオチがつく。なかなか凝っています。
曲名に「寿限無」を冠せずとも、『寿限無』の言い立てが入っている曲もあります。

落語家ぶし 柳亭痴楽 (7インチ)
戦後の人気爆笑落語家の歌うコミカルな曲。一番には『寿限無』、二番には古典落語『たらちね』の言い立てを挿入しつつ、一人の落語家が前座、二つ目、真打となっていく様を歌っています。
落語にまつわる歌謡曲って結構あるので、音曲芸人のレパートリーに加えてくれたら嬉しいのに。
『寿限無』は歌謡曲の世界も飛び越えて、ジャズにもなっています。最後にご紹介するのはこちら。

寿限無 山下洋輔の世界 Vol.1 (LP)

寿限無 山下洋輔の世界 Vol.2 (LP)
日本のフリー・ジャズ黎明期から活躍する山下洋輔。エッセイを書けば抱腹絶倒の面白さ。福岡のホテルでの宴会でタモリを見出したことでも知られています。確かな演奏技術と笑いのセンスに裏打ちされた『寿限無』はユーモラス&クレイジー。『Vol.1』では言い立ての部分にメロディーをつけ、キメキメ高速ユニゾンで演奏するオーソドックスなフリー・ジャズ・スタイル。『Vol.2』では渡辺香津美のギターも入ってフュージョン・チックに演奏。言い立て部分は坂田明が歌います。思わず一緒に歌いたくなります。どちらのヴァージョンも、聴いていてエキサイトするし、可笑しくて面白くて楽しくなっちゃうし、疲れているときに聴くと元気がでますよ。
『寿限無』にまつわるレコードはまだまだ他にもあるようなのですが、寿限りなし、オイラの財力限りあり。全てのレコードを買えるわけもなく。
長生きしていっぱい働いて、世にある『寿限無』を全て揃えて聴いてみたい。人生百年時代、オイラの夢は九十才まで働いて、百歳まで十年遊んで暮らすこと。まだまだ五十年は書き続けますので、これからもよろしくお願いします。
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
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