演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.42 / 23 Apr. 2024
前回のコラムでは、最後にスピーチのレコードを紹介しましたが、正直に言いまして、一般の方のスピーチが大しておもしろいわけもなく。「男のスピーチと女のスカートは短い方がいい」なんて昭和セクハラ・ジョークにもあるように、長々とした話は敬遠されます。
とまあ、これは一般の人の場合。一つの道に精通した人や、人前で話すことを生業にしている人は、長い話をも聴いていられるものです。物語を語って聴かせるわけでもなく、明確な起承転結があるわけでもなく、それでいて、ついつい聴いてしまう。今回はそんな語りものレコードをご紹介します。
まずは、著名人のスピーチが多数収められたこちらのソノシート。
どうです、なかなかすごいラインナップでしょう。まあ、これだけあれば全部が全部おもしろいというわけではないですが、そんな中でも芸術家、岡本太郎の魅力は飛び抜けています。
この本(ソノシート)の出版は1966年ですので、1970年の『太陽の塔』、1969年の『明日への神話』の発表よりも前に吹き込まれたもの。オイラはもちろんリアルタイムでみていたわけではないですが、岡本太郎は1950年代からテレビ番組に出演し、知名度は高かったようです。とはいえ、一体どういった経緯で忘年会のスピーチをすることになったのかはわかりませんが、どんな場であっても岡本太郎は岡本太郎。パッション溢れたスピーチを披露しています。集まって話し合うのは大賛成だが、忘年会という形式が面白くない。過去を振り返ってというのが自分にあわない。しかし、忘年会という名前の通り、過去を忘れ、未来への気持ちを新たに戦おう。人生は闘いである。今日はあらゆる制約を忘れて楽しもうと、聴衆を鼓舞するのです。自分の心の中にある未来への希望を刺激する名スピーチ。決して話し方がうまいわけではないですが、思わず聴き入ってしまいます。
聴き入ってしまうというと、古賀政男のスピーチも素晴らしい。戦前から活躍し、歌謡界の天皇と称される偉大な作曲家です。その一言一言に、なんとなくありがたい雰囲気が漂います。要約すると、まあがんばってくださいという内容なのですが、ゆっくりと丁寧な話し方には存在感があり、なんだか拝聴している気分です。どう話すか、何を話すかも大事ですが、誰が話すかというのも大事ですね。オイラもそんな人間に育ちたい。
ここからは語りのプロフェッショナル、落語家のレコードを。漫談のような作り込んだネタではなく、思い出話や身辺雑記を面白おかしく語って聴かせることを、落語の世界では〈隋談〉と呼びます。いわば随筆の語り版です。寄席や落語界では、噺のまくらでそういった話を聴く機会はありますが、一席まるごと隋談に巡り合う機会は意外に多くありません。そんな隋談をたっぷり聴けるレコードがこちら。
桂枝太郎随談百話 (2LP)
明治、大正、昭和と三つの時代を生きた桂枝太郎(二代目)の思い出話が中心の隋談集。タイトルにもなっている主題に合わせた自身の経験や先人たちの伝聞を語ります。令和の感覚でいうと、年寄の昔話は煙たがられるもんですが、枝太郎の話には適度な笑いと適度な知識、それを聴かせる巧みな話術があり、極上を隋談に仕上げています。一見すると適当に思い出しながら話しているようですが、意外と結構しっかりと稽古をしているんじゃないかな。随筆やエッセイだって、徒然なるままにそこはかとなく書き付くっているわけではなく、ちゃんと推敲しているもんです。ちなみにこのコラムも、毎月ちゃんと推敲して書いてますよ。
読書家で博学として知られる昭和の名人、三遊亭金馬(三代目)の隋談も絶品です。
三代目三遊亭金馬傑作撰 第一集 (LP)
三代目三遊亭金馬傑作撰 第二集 (LP)
かつて東京宝塚劇場の五階にあって東宝演芸場で開催されていた東宝名人会での収録。幅広い持ちネタをもつ古典落語の名手である三代目の金馬師匠ですが、この二枚のレコードでは四席中の三席が隋談、残りの一席は小噺をつないだ漫談。先の枝太郎同様、基本的には思い出話が話の中心ですが、名人中の名人ってのは、何を話してもおもしろいんだなと思わされます。昔はこんな人がいた、誰々はどんな人だった、昔はこんなことがあった、こんな話、普通のオッサンが話してても一切おもしろくないですよ。ただただウザイだけ。普通のオッサンとプロフェッショナルのおじいちゃんがいかに別次元の語りをするのか、まざまざと見せつけられます。
話は変わりますが、金馬師匠は東京は本所の生まれ。廓の話をするときに女郎のことを「じょうろ」って発音するんですよ。江戸弁ですね。いいですね。
枝太郎師匠も金馬師匠も、笑い要素の強い隋談でしたが、最後に聴かせる隋談もご紹介。
回顧十五年 台東区発足十五周年記念 (ソノシート3枚)
タイトル通り、下谷区と浅草区が合併して台東区が誕生してから十五年の記念ソノシート。シート1は区長のあいさつ、シート2には名誉区民の言葉、シート3には、浅草は田町に住んで六十五年の林家正蔵(八代目)による昔語りが収録。よく正蔵師匠は「聴かせる噺家」なんて称されますが、四分少々の収録時間にその腕前が凝縮されています。重要なポイントはややゆっくりと、リズムで聴かせるポイントはテンポよく、伸縮自在で間合いをあやつります。笑うようなポイントは一切ないですが、じっと聴き入ってしまいます。
笑いの多い漫談タイプの隋談はたまに寄席で聴くことができますが、正蔵師匠のようなじっくりと聴かせるタイプの隋談はなかなか遭遇しません。オイラも染み入るように聴いていいなあと思ったのは一度きり。2021年2月中席の浅草演芸ホールにて。客席に小さい子供を見つけた金原亭伯楽師匠は、自身の子供の頃の戦争体験と、当時のコロナ禍を重ね合わせて思い出を語り始めます。ホントね、録音して何度でも聴きたいくらい良かった(ダメだけど)。空襲は逃げられないけど、コロナは大丈夫。マスクとか手洗いとか、防ぐ手立てがあるよと呼びかける伯楽師匠に感動した。十五分程度の持ち時間、客席はじっくりと聴き入り、万雷の拍手を受けて高座を降りて行った。良かったなあ。
オイラも最後にこんなことがあったなんで思い出話を語ってしまいましたが、煙たかったですか?
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
Our Covers #029 伊藤一樹