
演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.47 / 21 Oct. 2024
「先生、ウナギの蒲焼きって、どうして蒲焼きって言うんですか?」
「いいか、愚者。ウナギってのはバカにうまいだろ。だからカバ焼きって言うんだ」
「バカにうまいなら、なんでバカ焼きじゃないんですか?」
「ウナギは焼くときにひっくり返すだろ」
と、これは古典落語『やかん』の一節。突然落語をやりだしてなにが言いたいのかといいますと、ウナギはバカにうまい! ということです。
夏を過ぎたのにウナギの話とは季節外れに思われるかもしれませんが、天然ウナギの旬は秋から冬にかけて。養殖ウナギにいたっては、技術の進歩のおかげで一年中が旬です。だから、ウナギはいつ食べてもいいし、いつ話してもいいんです。味よし、香りよし、食感よし、それでいて栄養価も高く、ウナギはまさにキング・オブ・フィッシュ。というわけで今回はウナギのレコードを。とはいっても、ウナギがテーマの歌謡曲やウナギのドキュメンタリー・レコードなどがそうそうあることもなく、ウナギが出てくる落語、オイラの好きな『うなぎの幇間』という噺をご紹介します。
『うなぎの幇間』はタイトルの通り、幇間、たいこもちが出てくる噺。まずご紹介するのは、幇間としても活動経験のある噺家、春風亭柳好(三代目)から。

「唄い調子」と称される、流れるような口調が特徴の柳好。個々の人物描写や風景描写はけっしてうまくはないのですが、明るくて楽しくて、思わず笑っちゃう、華のある噺家です。よく幇間が宴席にいると、場がぱぁっと明るくなると聞きますが、きっとこんな感じだったのかなと想像してしまいます。気持ちがフワっとするので、ちょっとイヤなことがあった日は、柳好聴いて精神のリカバリーです。
『うなぎの幇間』は、野だいこ(フリーの幇間)の一八が主人公。昼食にありつこうと客を訪ね歩き、ひっかかった客にウナギ屋に連れってもらうんだけれど、この客、どこで会った人なんだか覚えていない。しかもこの客、一八をだまして先に帰っちまって、逆にウナギをおごらされるハメになるという、ちょっと可哀想な失敗談。噺の構成としては、「だまされ前」「だまされ中」「だまされ後」の3パートにわけられます。この内「だまされ前」を大幅にカットして演じるのが、桂文楽(八代目)です。

古典落語傑作選 桂文楽(四) (LP)

桂文楽名演集 その七 (LP)
文楽は「十八番【おはこ】の文楽」とも呼ばれ、持ちネタが少ないながらも、その一つ一つが研ぎ澄まされていることで有名です。練りに練って無駄を排していて、『うなぎの幇間』の演出でも、前半カットの他にも、「だまされ後」の笑いをあえて少なくしています。これは、だまされたとお客様がわかった後は、だいたい何をやっても面白くなってしまうからだそうで、聴くと、なるほど確かにしまって聴こえます。ちなみに、一枚目のレコードは『十八番集』という企画LP BOXシリーズのものと同じ収録内容でスタジオ録音、二枚目はライヴ録音。聴き比べると、ほとんど一緒です。周囲の環境の影響は全く受けないまでに噺が研ぎ澄まされている証、なのか、ちょいとお堅いのか…。
文楽と同時期に活躍した古今亭志ん生(五代目)は、また違った演出です。

古今亭志ん生名演集(四) (LP)
だまされ前・中・後、しっかりと演じ、どのパートでも笑い多め。それでいて、くどさが全くない。研ぎ澄まされた芸もたしかに凄いけど、研ぎ澄ませなくてもおもしろい。演出方法が異なれば、また違ったおもしろさがある。古典落語の楽しいところですね。
ウナギといえば、江戸前。江戸前といえば、三笑亭可楽(八代目)です。

八代目三笑亭可楽 第五集 (2LP)
東京は黒門町の経師屋の息子、チャキチャキの江戸っ子です。早口&べらんめえで、慣れないと何言ってるかよくわかんないですが、慣れてくると独特のグルーヴ感の虜になる、可楽はそん噺家です。『うなぎの幇間』も、まあパアパアパアパア早く喋る。しっかりやると結構長いはずなんだけど、いつの間にかサゲまで来ている。テキトーにやっているようで、腕は十分。この感じもまた江戸っ子だねぇ。
最後にオイラが大好きな三遊亭圓生(六代目)のレコードを。

名人 三遊亭圓生 その九 (LP)
文楽が『うなぎの幇間』を得意ネタの一つとしていたため、圓生は演ずるのを長い間控えていたそうで、この日がなんと四十年ぶりの口演。四十年演じてなかったとは思えぬ堂々たる高座です。オイラの好きなポイントは、幇間という職種の解説。収録は昭和四十九年ですが、この時点で既に幇間は数を減らしていて希少な存在に。幇間というものがいるってのは知っているが、実際にどんなものか見たことがない、というお客様への心配りが見えます。
そんな幇間のマクラをたっぷりとふるのが、全編スタジオ録音『圓生百席』シリーズの中の一席。

圓生百席 第四席/第七席 (3LP BOX)
良い幇間、できる幇間とはどういうものか、ちょこっと笑いを交えながら解説して、すっと本編へ。一八という存在が、幇間の世界の中でどんな位置づけなのかがよくわかった上で、ストーリーを楽しめます。幇間に馴染みのない人は、まずはこのレコードがおすすめです。て、幇間に馴染みのある人なんてもういねぇよ!
とまあ冗談はさておき、やっぱりオイラも江戸っ子同様にウナギが大好きで、よく食べに行くんですよ。どんな店に行くかといいますと、すき家、吉野家、宇奈とと、安い店ばっかりじゃねえか! オイラも幇間よろしく、誰かおたんに奢ってもらいたいもんでゲスな。ね、大将、どうです、ひとつウナギでも?
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
Our Covers #029 伊藤一樹
Our Covers

カマタヒロシ

Yo. Shinoyama

内田大樹

Iñigo Pastor
EyeTube
![Stan Getz, Luiz Bonfá and Maria Toledo – Sambalero [Luiz Bonfá]](https://eyeshadow.jp/commons/images/uploads/2025/02/stan-getz-luiz-bonfa-maria-toledo_sambalero-712x400.png)
Stan Getz, Luiz Bonfá and Maria Toledo – Sambalero [Luiz Bonfá]
![Valerie Carter – Ooh Child [Five Stairsteps]](https://eyeshadow.jp/commons/images/uploads/2025/02/valerie-carter_ooh-child-712x400.png)
Valerie Carter – Ooh Child [Five Stairsteps]
![Morrissey Mullen – Do I Do [Stevie Wonder]](https://eyeshadow.jp/commons/images/uploads/2025/02/morrissey_mullen-do-i-do-712x400.png)
Morrissey Mullen – Do I Do [Stevie Wonder]
![Lyn Roman – Just a Little Lovin’ [Dusty Springfield]](https://eyeshadow.jp/commons/images/uploads/2025/02/lyn-roman_just-a-little-lovin-712x400.png)