冷めても熱いカヴァーの名品について。
武田洋 (eyeshadow)
Ep.15 / 15 Jun. 2026
Various『Régi Dal A Zongorán (Világslágerek)』(Favorit)

小学6年生のときに耳にして以来、いまも大好きな「Reality」。映画『ラ・ブーム』自体を観たかどうか定かではないが(たぶん観てない)、リチャード・サンダーソンが歌った主題歌は当時テレビやラジオでよくかかっていたので、そこから不可抗力的に聴いたのだろう。ソフィー・マルソーも可愛かったから、曲の良さが2倍になって記憶に刷り込まれたのかもしれない。
夢のなかでしか会えない相手を想う、ちょっと切ない歌詞もグッとくる。「Dreams are my reality(夢こそが僕の現実)」という一節が象徴的で、現実より夢のほうが本当に思えてしまう。そんな現実と夢のあべこべな関係が、この曲の切なさを生んでいる。
その「Reality」にハンガリー語のカヴァーがあると知ったのは、つい最近のこと。歌うのはショルテーシュ・レジューという歌手で、タイトルは「Rólad Álmodozni Jó」。〈君のことを夢見るのは心地いい〉という意味で、これは原曲サビの「I like to dream of you」をハンガリー語にしてタイトルに持ってきたもの。ただよく見ると、英語の「好き(like)」が、ハンガリー語で「心地いい(jó)」に変わっている。〈好む〉という気持ちが、〈心地よさ〉という状態に置き換わって、ほんの少しやわらかくなっているように感じる。タイトルのたった一語でわずかに印象が違ってくるが、では肝心の曲はどうか。
まず、出来は原曲のほうが上。カヴァーの演奏はチープで、いかにも80年代の地方の録音という感じがする。物足りなく聴こえても仕方ない。
ところが歌が始まると印象は変わる。原曲のリチャード・サンダーソンは、歯切れがよく、声に若さがあった。夢見る恋を、まさに青春のまっただ中で歌っているような瑞々しさ。対してショルテーシュの歌は、エコーがかかって、もやに包まれているようにドリーミーで、どこか哀愁が漂う。同じ「夢のなかでしか会えない相手を想う」歌詞なのに、原曲が瑞々しい片思いなら、こちらは過ぎ去った恋を遠くから思い返しているような雰囲気。
だが、この哀愁のほうがかえって歌詞にしっくりくる。現実より夢のほうが本当に思える、というあの倒錯は、若い瑞々しさより、もやのかかった声で歌われるほうが似合う。タイトルで「好き(like)」が「心地いい(jó)」にやわらいでいたのと同じことが、歌い方でも起きているのだ。能動的な恋心が、とろりとした心地よさに変わっている。安っぽい演奏も気にならない。むしろその頼りなさが、この甘い哀愁にはちょうどいい。
ショルテーシュ・レジューは、70年代に人気バンド、コルヴィナのリーダーを務め、ソロに転じてからは80年代のハンガリーを代表する歌手のひとりになった人。当時の東側では、西側のヒット曲を現地語でカヴァーすることが少なからず行われていたようだ。レコードやテープは公には手に入らず、密輸されたり、外国のラジオから録音されたりして西側の音楽が出回っていた時代。そう考えると、この演奏のチープさもいたしかたない。下手なのではなく、そういう環境で作られた音なのだ。
社会主義時代のハンガリーで、地元のトップ歌手が世界のヒット曲を母国語で歌う。そう思って聴くと、この哀愁が、ただの叶わぬ恋の切なさだけではないようにも感じられてくる。もちろんショルテーシュがそこに何を込めたのかはわからないし、西側への憧れや体制への鬱屈と決めつけるのも違うだろう。それでも、もやのかかった甘い声には、あの時代の気配が混じっている気がする。
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