
演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.51 / 20 Mar. 2025
2025年2月、十余年勤めた会社を辞め、無職となりました。現在転職活動中です。出版業界を目指して何社も応募はするものの、いまだに決まらず。年齢、職歴にプラスして、学歴もネックになっているのかもしれません。
世界中の大体の国で、学歴は重要視されています。日本もそうです。とくに、新卒一括採用が主流ってのがいただけない。就活の場において、大学入試で一定の成果をあげているのかどうかで、ふるいにかけられます。そして、このときの就職が、その後の転職活動にも影響を及ぼす。
かくいうオイラはというと、AO入試で音大に入り、その後の四年間はずっと楽器の練習。音楽史と音楽理論以外の勉強なんて、これっぽちもやってないわけです。そりゃ、転職は簡単じゃないよね。
そんなこと言っても、今さら過去に戻れるわけもなく。だからこそ、今をどう生きるか、これからなにをするのか、それが大事です。今回はレコードを聴きながら、そんな自分を自分で鼓舞していきます。
出版界のメインストリーム、文壇の世界には高学歴がごろごろ。夏目漱石、芥川龍之介、太宰治は東大出身、菊池寛、小松左京は京大出身、永井荷風、石原慎太郎は一橋大学と、枚挙に暇がありません。
でもね、学歴だけがすべてじゃないの。高学歴ひしめく文学界の中、大学はおろか、高校、中学にすら行かずとも大成した作家がいます。まさに低学歴界の希望の星です。今回は、そんな学歴無用の大作家先生を、レコードでご紹介していきます。
まずは大衆文学の礎を築いた一人、吉川英治。家庭の事情により小学校を中退。職を転々とした後に新聞記者となり、その後、作家へ。1926年から大阪毎日新聞で連載された『鳴門秘帖』は、キャリア初期の人気作。何度も映像化されています。こちらは、1977年のNHKドラマ版をもとにつくられたレコードです。

ドラマでナレーションを務めた古今亭志ん朝の語りと、三木稔による劇伴音楽で、物語序盤のエピソードを一枚に収めています。志ん朝の講談調の語りが、なんとまあ素晴らしいこと! 美しい日本語とはこのことかと思わせる素晴らしき話芸です。リズム、テンポ、イントネーション、どれも劇伴とピタッとはまっています。演奏するのは、日本音楽集団という邦楽器の専門家たち。物語の主人公、法月弦之丞は虚無僧スタイルの隠密という設定なので、和楽器が映える。
珠玉の話芸と吉川英治、この組み合わせといえば、こちらも忘れてはなりません。

宮本武蔵 (10LPBOX×10)
代表作『宮本武蔵』を朗読するというラジオ番組を、レコード化したものです。ただの朗読じゃありません。話すのは徳川夢声。大正時代に活動写真の弁士として活躍の後、漫談家、俳優、文筆業と多方面で活躍した、元祖マルチタレント的な存在で、その巧みな語りから〈話芸の神様〉と称される、しゃべりの殿上人です。
夢声はラジオで朗読を放送するということを十分に考慮し、聴覚のみでも理解できるような言葉の置き換え、句読点の追加を実施。得意の「間」を巧みに操り、朗読劇を至高のドラマに仕立てています。初回の放送は1939年のNHKラジオですが、このレコードでは、後に改めてラジオ関東で放送されたバージョンを、完全ノーカット収録しています。
ちなみにこちら、10枚組が10セットで計100枚。原作は文庫で8巻。聴き終わるのと読み終わるの、どちらが早いかね。
文章力、語彙力、創造性など、様々な力が必要となる作家という仕事。学校に行かずして、どのようにその力を身に付けたのか、それを教えてくれるレコードがこちら。

長谷川伸 この人 この道 (LP)
長谷川伸は、股旅ものといわれる渡世人を主人公とした名作を残した人気作家。代表作である『瞼の母』、『沓掛時次郎』、『一本刀土俵入り』などは、講談や浪曲でも人気演目なので、演芸界でもお馴染みの作家です。歌謡曲の題材としてもよく歌われています。
このレコードは、長谷川伸がNHKラジオ『私の自叙伝』と『趣味の手帳』に出演した際の音源を収録。幼少期に一家が没落し小学校を中退。その後、どのようにして作家になったのかが、本人の口から語られます。
まだ子ども時分、横浜のドックで働いていた際、落ちている新聞を音読して漢字を覚えた。昔の新聞にはルビが振られていて、平仮名と片仮名が読めれば音読はできた。意味はわからずとも、声に出して読める。その内、なんとなく熟語の意味がわかってくる。ある程度理解できるようになったと思ったら、難しめの本を読んでみる。やっぱり読めない。また、新聞を音読する。これの繰り返しだったそうです。体系化された学校教育とは違う、不屈の雑草魂です。
その後、紆余曲折を経て新聞記者になり、作家へ転身。新聞記者時代の記事の書き方は、現代でも非常に参考になります。興味のある方は、ぜひ、レコードで本人の語りを聴いて会得しましょう。
吉川英治も長谷川伸も、大人向けの作品を書いた大衆文学の作家ですが、子供向けの作品を残した作家にも、学歴無用の大先生がいます。最後に紹介するのは、川内康範です。1985年生まれのオイラにとっちゃ、森進一の「おふくろさん騒動」で話題となった作詞家ですが、親世代にとっちゃ大偉人。なんせ、国産初のヒーロー特撮『月光仮面』の生みの親ですから。紹介するレコードはもちろん、『月光仮面』です。

懐かしの少年映画名作劇場① 月光仮面 (LP)
川内康範は、小学校卒業後に職を転々としながら独学で文章修行。兄を頼って上京し、映画のシナリオを書き始め、日活、東宝を経てフリーへ。その後、兵役を経て戦後、日本のテレビ映画史に燦然と輝くスーパー・ヒーロー『月光仮面』を生み出しました。
「どこの誰かは知らないけれど 誰もがみんな知っている」
「憎むな、殺すな、赦しましょう」
などの名文句を生み出し、その後の特撮ヒーローの礎となった作品です。もちろん、オイラはリアル・タイム世代じゃないけど知っています。なんせ「誰もがみんな知っている」ですから。
このレコードでは、A面で第1部~3部、5部の話を抜粋して収録。B面は第4部『幽霊党の逆襲』を、主演の大瀬康一のナレーションでダイジェスト版にアレンジして収録されています。昭和ならではのスピーディーな展開、突拍子もない豊かな発想力。視聴者の子どもたちに未来への夢と希望、そして正義を教えてくれます。
吉川英治、長谷川伸、川内康範、彼らの作品の数々は、オイラの希望の道しるべ。レコードを聴いたり、本を読んだりすると、作品そのものの楽しさに加えて、「やってやるぜ!」という気力がみなぎってきます。宮本武蔵に、番場の忠太郎に、そして月光仮面のおじさんに背中をおされ、オイラはがんばる! いい大学行って、新卒採用で華々しく社会人デビューをしようとしている奴ら、今に見とけよ! オイラにゃオイラの道がある。よし、まずはハローワークに行こう。
(つづく)
- Profile
- 985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店やディスクユニオンでの勤務を経て現在無職の素浪人。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
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