レコード盤★盤<br>“『影を慕いて』を慕いて”
feature #194

レコード盤★盤
“『影を慕いて』を慕いて”

演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。

伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.49 / 20 Jan. 2025

←Ep.48

前回も書きましたが、テレビが好きなもんで、年末年始はダラダラとテレビを見て過ごしました。連日連夜いろいろな番組を見た中で、おっ、と思わせたのが、TBS『マツコの知らいない世界』の新春スペシャル。なんとカバー曲を特集していたのです。昨今の「歌ってみた動画」に始まり、昭和の洋楽日本語カバーや平成以降の昭和歌謡・ポップスのカバーを紹介。この番組で取り上げられるってことは、カバー曲はちょっとしたトレンドなんですね。

このサイト「eyeshadow」も、テーマがカバー曲。こうして正月番組でカバー曲を特集するなんて、先見の明があるサイトです。思えばここで2020年からコラムを書いてるんだな。マツコ・デラックスの話を聴きながら、感慨深い思いが込み上げてきました。よし、今回はがっつり真正面からカバー曲をテーマにします。

普段オイラが行っている演芸レコード収集活動、主な収穫先は、大手リサイクル・ショップのジャンク・コーナーです。このコーナーには演芸レコードの他にも、クラシックや童謡、四畳半フォークなど、時流からちょっと外れてしまい、普通のレコード屋さんでは売りづらいものたちが集まります。いろんなお店のジャンク・コーナーを見ていると、だいたいどこのお店にも同じようなレコードがあるのです。そんなジャンク・コーナー定番レコードの一つが、森進一の『影を慕いて』。一店舗に三枚以上あることもざらです。だけどこのレコード、ジャンク・コーナーに眠らせておくのはもったいない。もっとみんなに聴いて欲しい。今回は『影を慕いて』の魅力をお伝えします。

まず、このレコードの収録内容から。

Album Title

影を慕いて 森進一 (LP)

ビクター

A 1. 影を慕いて(作詩曲:古賀政男 元歌手:藤山一郎 ※佐藤千夜子版の方が先)
2. 緑の地平線(作詩:佐藤惣之助 作曲:古賀政男 元歌手:楠木繁夫)
3. 青春日記(作詩:佐藤惣之助 作曲:古賀政男 元歌手:藤山一郎)
4. 東京娘(作詩:佐藤惣之助 作曲:古賀政男 元歌手:藤山一郎)
5. 男の純情(作詩:佐藤惣之助 作曲:古賀政男 元歌手:藤山一郎)
6. 酒は涙か溜息か(作詩:高橋掬太郎 作曲:古賀政男 元歌手:藤山一郎)

B1. 人生の並木路(作詩:佐藤惣之助 作曲:古賀政男 元歌手:ディック・ミネ)
2. 新妻鏡(作詩:佐藤惣之助 作曲:古賀政男 元歌手:霧島昇、双葉あき子)
3. 目ン無い千鳥(作詩:サトウ・ハチロー 作曲:古賀政男 元歌手:霧島昇、松原操)
4. 女の階級(作詩:村瀬まゆみ 作曲:古賀政男 元歌手:楠木繁夫)
5. 青い背広で(作詩:佐藤惣之助 作曲:古賀政男 元歌手:藤山一郎)
6. 人生劇場(作詩:佐藤惣之助 作曲:古賀政男 元歌手:楠木繁夫 ※後年村田英雄版もヒット)

一九六八年に発売された本作は、ご覧の通り、オール古賀政男の楽曲。いわゆる古賀メロディ集であり、戦前のヒット曲ばかりを集めた懐メロ集でもあります。歌うは当時弱冠二十歳(レコーディング時)の森進一。これっていわば、「adoが中森明菜歌ってみた」的な企画の先駆けです。ちなみに、演歌の世界でよくある古賀メロディ集という企画ですが、それもこのアルバムが元祖。これ以降、演歌歌手たちは、自身の腕試しに古賀メロディを歌うようになります。

また発売当時、作詞家、作曲家はレコード会社に所属するという「専属作家制」が主流でしたが、コロムビア専属作曲家である古賀政男の作品(実際の収録曲は専属契約以前に他の会社からリリースされたもの)を、ビクター専属の森進一が歌うという、当時の音楽業界の慣習からは考えられない企画でした。楽曲はやがてスタンダードと化して専属のレコード会社から解放される。この動きは、既に始まりつつあった専属作家制度の崩壊、そして、平尾昌晃、筒美京平、都倉俊一といったフリーの作曲家の台頭に結果的に加担することとなります。

要するにこのアルバムは日本ポピュラー音楽史において、超エポック・メイキングな作品なのです。

どうですか。ここまで読んだらもう、聴きたくなってきましたよね。今すぐ聴きたいという方は、すぐにこのコラムを読むのを止めて、『影を慕いて』を買いに行きましょう。それではまた次回。

いや待て、私はまだ聴く気にも買う気になっていない。そんなあなたに、さらに推しポイントをお伝えします。

まずなんといっても、森進一という歌手が魅力的です。最近はメディア露出が減りましたが、数年前までは、紅白歌合戦を始め数々の歌番組に出演していました。ハスキーな声でエモーショナルに歌い上げるあの姿は、我々の目と耳に焼き付いているのではないでしょうか。その姿は既に、『影を慕いて』の時点でできあがっています。独特の声の揺れ、モリブレーションも完成されています。二十歳にして、恐るべき歌の巧さとオリジナリティを有しているのです。

情感たっぷりに古賀政男作品を歌う、というのは、今では普通に感じるかもしれませんが、当時はかなりマイノリティでした。というのも、古賀政男は明治大学マンドリン部の創設メンバーであり、洋楽(クラシックやヨーロッパ音楽)志向の作曲家。戦前のヒット曲を歌った歌手たちは、声楽教育を受けていたりクルーナー唱法を身に付けていたりと、こちらも洋楽志向。情感、感情の揺らぎよりも、はっきり、くっきり、しっかり、正確性という側面を強く感じます。正しく歌唱することで、音楽が正しく伝わるという考えがあったのでないでしょうか。

しかし、本作品の企画・編曲を担当した猪俣公章は、これまでの古賀メロディ解釈とは一線を画したエモーショナルなアレンジを施しました。ビートルズもGS(グループ・サウンズ)も既に人気を博していた時代ですが、伴奏にドラム・セットはほぼ使用せず、ストリングスのオーケストレーション、ピック弾きのエレキ・ベース、クラシック・ギターが歌を引っ張ります。全て洋楽器にも関わらず、その対旋律は日本人の郷愁を誘います。森進一の特色を生かすだけでなく、古賀メロディにも新たな息吹を与えたのです。

個人的には、途中からスイング調に変わるA6「酒は涙か溜息か」のアレンジが好き。森進一のハスキー・ボイスは、サッチモ(ルイ・アームストロング)の影響らしいが、それもまあ頷ける。サッチモが日本のキャバレーでマイナー調のジャズを歌ったら。こんな感じになるんじゃないかしら。

その後、発売元のビクターは1970年頃から「演歌四大トップスター」と称し、森進一、藤圭子、青江三奈、内山田洋とクールファイブの四組を売り出します。この打ち出しもあり、それまでは〈流行歌〉と称されていた楽曲群が、〈演歌〉というジャンルで括られるようになりました。そしてそれに伴い、それ以前からあった似たような曲調の楽曲群も、〈演歌〉と呼ばれるようになります。全編カバー曲で懐メロ集である『影を慕いて』は、新興ジャンルにも関わらず古さを内包する〈演歌〉というジャンルを、まさに象徴するアルバムなのです。

コロムビアの天皇、昭和歌謡の父と称され、戦前から活躍する大作曲家・古賀政男、その弟子であり戦後デビューの作曲家・猪俣公章、当時デビューしたにも関わらずその個性を確立していた新人歌手・森進一、三者がそれぞれの才能と能力を寄せ合い、過去の楽曲に新たな魅力を与えた『影を慕いて』。収録された楽曲は、演歌 / 歌謡曲界のスタンダードとなり、今も歌い継がれています。過去を未来に、世代を超え時代を越えて楽曲の魅力を伝えるカバー曲というものの魅力がつまったアルバムともいえます。

さすがにここまで読めば、『影を慕いて』のレコードが欲しくなってきたんじゃないですか。この名盤がジャンク・コーナーに百円で眠っています。見つけたらすぐに買って、聴いてあげてください。ダブル・ジャケット(見開き)仕様で歌詞カードは綴じ方式という、昭和レコード・ギミックも楽しめます。ジャケット画は美人画で有名な岩田仙太郎です。帯も複数のデザインがあります。フィジカルとして手元にあって損のない作りです。もし三枚売っていたら、三枚とも買ってください。自分で聴かない分は、友達に配って聴かせてください。その友達に、このレコードどこがいいのと聞かれたら、そのときは、このコラムを宣伝してください。長いステマでした・・・、ではなく、『影を慕いて』を心底慕う者より、愛を込めて。

(つづく)

Profile
1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
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