演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.48 / 29 Dec. 2024
とにかく子どもの頃からテレビが好きで、演芸が好きになったきっかけも、正月の『爆笑ヒットパレード』や『笑点』の演芸の時間からだし、NHKのドキュメンタリーや『特命リサーチ』、『トリビアの泉』をみて、人生に役立たない知識がいっぱい身に付きました(役立たない知識を身に付けたということが役に立っているけど)。その他、くだらない番組からさらにくだらない番組まで、たくさんみてきたおかげで今の自分があると思うと、もはやテレビは育ての親といっても過言ではありません。
最近は、テレビがつまらなくなった、オールド・メディアだ、若者のテレビ離れだ言われております。まあ、そういった面もあるのでしょう。確かにつまらないと感じることは多くなりました。とはいえ、先ほども言いましたように、テレビは親です。親と子の絆は永遠です。オイラは今でもテレビを愛しています。
というわけで今年も、リアルタイム、録画、ネット配信を駆使して様々なテレビ番組を視聴してまいりましたが、もっとハマったのは10月~12月期に放送されていたドラマ『全領域異常解決室』です。大和朝廷時代から続く世界最古の調査機関「全領域異常解決室(通称:ゼンケツ)」と、謎の神「ヒルコ」の戦いを描いています。こんな中二病っぽい内容、『Xファイル』とか『MMR』とか『銀狼怪奇ファイル』とか、オカルト・ドラマ・リアルタイム世代のオイラとしちゃあ、胸がトキメキまくりなのです。
このドラマ、『古事記』や『日本書紀』といった日本の神話をモチーフにして、作中にも神話の中にも、神様がたくさん登場します。このたくさんってのがミソでして、日本は一神教の国々と違い、八百万の神様が存在します。太陽の神がいて、水の神がいて、火の神がいて、ともすれば人間も神様となってしまいます。打撃の神様・川上哲治、大魔神・佐々木、神様・仏様・稲尾様・・・、野球の話をしたいわけじゃないんです。神様がたくさんいるって話です。
たくさんいる神様ですが、みんながみんな良い神様ってわけではありません。あまり見入られたくない神様もいるもんで、災いを招く疫病神、貧しさを招く貧乏神、死を招く死神なんてのもいるようで…、
このまま古典落語『死神』に入りそうな、噺のマクラのようになってしまいましたが、オイラ、落語はできないんで、今回は落語『死神』のレコードをご紹介いたします。まずはこちらから。
落語の神様の一人、三遊亭圓生(六代目)の口演です。このNHK録音集のシリーズ、ジャケ写が全てモノクロなのでたまたまだと思うのですが、すっごい死神っぽさを感じるジャケットですよね。
『死神』という噺は、落語界中興の祖とよばれる三遊亭圓朝の作。イタリアのオペラやグリム童話を元に創作されたとされています。どんな噺かといいますと・・・、
借金苦で自殺を考えるある男、ふと目の前には死神が。死神が言うには、お前はまだ寿命があるから死ねない。自殺なんかしないで医者になれ。長患いの病人には必ずそばに死神がいる。枕元にいたらその病人はもう寿命で助からない。足元にいるときはまだ助かる見込みがある。その時は呪文を唱えれば死神は消えていなくなり、病人はすぐに元気になる。男はこの呪文の覚え、病人を次々と直して医者として成功するのですが、金に目が眩んで一線を越えてしまい・・・。
テーマが死神ですので、まくらで神仏に関する小噺をします。聴く機会が少ないので耐性がなく、思わずぷっと吹き出します。噺のまくらってのは似たような小噺が多いもんですが、特殊テーマの噺まくらは、使い回され率が低いので、聴きどころのひとつです。
『死神』という噺は、オチ、ラストに仕掛けがある噺です。圓生は、圓朝の演じていた当初の型からちょっとアレンジしています。なんでそんなことがわかるかといえば、レコードの解説にそう書いてあるからです。ライナー・ノーツは勉強になりますので、みなさん、ちゃんと読みましょう。そして後年は、この改良にさらにアレンジを加えます。そのバージョンを聴けるのがこちら。
圓生百席 第三十五席~三十七席(3LP BOX)
全編スタジオ録音の『圓生百席』シリーズ。収録時間もたっぷり。神仏小噺も一個増えています。スピーカーで再生することを前提で作られたレコードですので、音にもこだわりが。死神ってのそんなに大きな声を出さないで、囁くように話すんです(会ったことないですけど)。とはいえ、生の舞台で囁いたんじゃ客席に聴こえないんで、はっきりと囁く。その点『圓生百席』は客席を意識していませんから、ちゃんと囁く。なもんで、スピーカーの前に死神を感じます(今のとこ、会ったことないですけど)。出囃子の「アガリ」と「ウケ」も噺にあった素晴らしい選曲をしています。肝心のオチがどう違うのか、ぜひスピーカーの前に鎮座して確かめてみてください。
この圓生のオチが、現在多くの噺家が踏襲しています。圓生の総領弟子である三遊亭圓楽(五代目)もその一人。
上野鈴本 三遊亭圓樂独演会 第十集 (LP)
大きい体から迫力のある声、イメージ通りの豪快な口演っぷり。噺の端々にわかりやすさ、親しみやすさがあり、いい意味で敷居を下げている感をうけます。大笑いするわけでもない小ネタが要所要所に入るのですが、こういうのがボディ・ブローのように効いてきて、だんだん楽しくなってくる。後に圓楽党を率いて全国で広めていくのも頷けます。
圓朝~圓生と進化したオチに、さらにおかしみを加えたのが柳家小三治(十代目)です。
小三治白熱のライヴ・シリーズ② 死神 柳家小三治 (LP)
一般的に人情噺 / 怪談噺の三遊派、滑稽噺の柳家といわれる落語界(実際はそんなことないんですが)、小三治は柳家らしく『死神』を演じていいます。笑わせるところは笑わせ、聴かせるところは聴かせ、最後もちゃんと笑わせる。主人公の医者(になる)の男、返せない借金抱えてるし、最後は金に目が眩んじゃうし、ダメな人なんですよ。そのダメっぷりが、小三治バージョンでは際立っていて、好きですね。
『死神』は今でも寄席や落語界でよくかかります。笑う所もあり、聴き入る所もあり、それでいて薄気味悪く、様々な感情を刺激されます。きっと令和のスーパースターも、感性を刺激されたんでないでしょうか。『死神』をモチーフとした楽曲がこちら。
Pale Blue 米津玄師 (CD)
落語の『死神』を知っていると「わかるわかる、そうそう」ってなる歌詞。米津玄師は言葉の選び方が本当に巧み。落語『死神』を知らないとこの言葉遣いの面白さは半減以下なので、ぜひ落語を聴いてからこの曲を聴いてみてください。ちなみにオチは三遊亭のオーソドックス・タイプです。
落語聴いてこんな曲を作れちゃうんだから、才能のある人ってのは違うよね。オイラもずっと落語聴いてるけど、何を生み出すこともできず、いつまでも所得も上がらず、いいことなんかなにもないな。そうだ、いっそ死んでしまおう。
おーっと、大変だ。死神に見入られてるぞ。死神、貧乏神、疫病神、どうかオイラに近づかないでください。神様お願いします。
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
Our Covers #029 伊藤一樹