演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.45 / 21 Aug. 2024
猛暑酷暑といわれておりますが、日本の夏には怪談があります。どんなに暑いときだって、聴けばぶるぶるゾクっとひんやり気分。夏場に怪談とはよく考えられたものです。
幽霊、もののけ、妖怪変化と、怪しい伝承には事欠かない日本ですが、今回は『牡丹灯籠』がテーマです。『四谷怪談』、『皿屋敷』と並んで日本三大怪談と称される名作を、レコードで楽しみましょう。
どんな話か知らない人のために、簡単にストーリーを。
恋に患い、若くして命を落とした旗本の一人娘、お露。一緒に亡くなった侍女のお米とともに、愛する浪人、萩原新三郎のもとへ毎夜通う。しかし、生者と死者の愛が結ばれることはなく…。
どうです、ロマンチックなお話でしょう。映画やドラマでもお馴染みです。オイラの初・牡丹灯籠は、フジテレビの金曜エンタテイメント版。主演は田原俊彦、お露役は水野真紀。トシちゃんの刀の差し方が異常に斜めで、子供ながらに変だなと思ったのを、今でもはっきりと覚えています。
『牡丹灯籠』の作者は三遊亭圓朝。江戸から明治にかけて活躍した落語家です。現代も受け継がれる名作の数々を生み出したことから、落語界中興の祖と呼ばれています。
圓朝は自身の想像だけでなく、実際にあった史実や事件、海外の文学などからの要素を用いて噺を創作しました。『牡丹灯籠』は、中国の怪異小説集『剪灯新話』に収録されている『牡丹燈記』を元にしたとされています。この話は、講談ネタとしても受け継がれており、これらのレコードで聴けます。
講談名演集 怪談咄集 一龍斎貞山 (LP)
素晴らしく気持ちの悪いジャケット画ですね。怪談といえば一龍斎のお家芸。夏場の怪談は講談会の風物詩です。とはいえこちらはレコード。オーケストラの劇伴が入ったりSEが入ったりと、ライヴの講談とは違い、オーディオ・ドラマのように楽しめます。
夜を共にした女性が、はたから見ると骨と皮ばかりの幽霊だったというパターンの大元といえるのが『牡丹燈記』です。『牡丹灯籠』以外にも、日本の様々な古典や怪談でこのパターンがみられます。古典落語の『野ざらし』もここから派生したものと思われますし、香港映画『霊幻道士』に挿入されるエピソードにも似たようなものがありますね。
江戸落語の世界には、滑稽噺を得意とする柳派と、人情噺を得意とする三遊派の主に二派にわけられます。現在、その垣根はそこまではっきりとはしていないのですが、昭和のレコード時代、『牡丹灯籠』の録音はもっぱら三遊派の面々。まずはこちら。圓朝の弟子の弟子の弟子、六代目三遊亭圓生のレコードです。
三遊亭圓生 人情噺集成 その一 (13LP BOX)
三遊亭〇〇という落語家は数多くいますが、「三遊亭」とだけで通ずるのは圓生のみ。三遊派の芸の本流がこの人です。本流とはいえ、圓生は三遊派の師匠連から直接『牡丹灯籠』を教わったわけではなく、自身で本を読んで『牡丹灯籠』をものにしたと、解説ブックレットに書いてありました。
現在われわれが読む文学、小説、実用書の類は、ほとんど口語体で書かれていますが、かつては文語体で書かれていました。転換のきっかけが『牡丹灯籠』の速記本といわれています。明治時代に西洋から導入された速記術。これを用いて、圓朝の口演をほぼそっくりそのまま刊行した速記本が普及したことにより、話し言葉の文章が浸透していったそうです。
落語の世界では、師匠からの口伝で教わるのが基本の中、本から落語に起こしたとはいえ、圓生はやっぱり超一流。デティールは細かいけど説明になり過ぎない絶妙な編集力と、それを口演できる話術、芸の力、圧倒的です。そして、ジャケット写真の顔面の力も圧倒的です。
お次は圓朝の弟子から習った八代目林家正蔵(後の彦六)のレコードです。
八代目林家正蔵名演集 第二集 (LP)
こちらのジャケットも顔面が迫ってきますね。正蔵は圓朝の弟子の一人、三遊一朝という人に、怪談噺や道具入り芝居噺を教わります。ですのでこちらも圓朝直系の芸。正蔵の話し方はゆっくりとしてためが効いているので、祖父母から読み聞かせを受けているような気分で噺を味わえます。
正蔵はキャリア最晩年、シンセサイザーをバックにバイノーラル録音でも『牡丹灯籠』を口演しています。この録音は人の頭部型マイクで録音し、ヘッドホン再生すると臨場感が得られます。機会があればぜひお試しください。
バイノーラルシリーズ 怪談 牡丹燈籠/林家正蔵 (LP)
お次は五代目古今亭志ん生のレコードを。
古今亭志ん生名演集 二十一 (LP)
「志ん生」という名前は、初代三遊亭圓生の弟子が圓生の名を継げずに名乗ったのが最初。五代目古今亭志ん生も、系統としては三遊派です。とはいいましても、三遊亭と袂を分かったのは江戸時代。古今亭には古今亭の色があります。オイラが思うに、なんでも軽やかにさらっと演ずるのが古今亭。志ん生は適度にくすぐりを入れながらストーリーを進行させ、クライマックスを演じずばっさりカットして噺を終わらせます。この加減がなんとも粋なんです。是非お試しください。
圓生、正蔵、志ん生と、昭和の名人の『牡丹灯籠』をみてきました。聴くとわかりますが、みなそれぞれ、圓朝の速記とはエピソードの順序などを組み替えて話しています。教わった噺をそのまま演ずるのではなく、それぞれの解釈を加えてアップデートさせていく、伝統芸能はこうやって現代も受け継がれていくのでしょう。
落語の名人たちはそれぞれの解釈で『牡丹灯籠』に臨みますが、意外にも正攻法で演ずるのが浪曲版。圓朝の速記を踏襲したエピソードの組み方をしています。
特選浪曲名人選 東家浦太郎 (2LP)
七五調の決めゼリフを入れたり、下駄の音を柝(拍子木)で表現したりといった浪曲らしい工夫も入ったニクイ演出。三味線の音と唸りに酔いながら、じっくりとストーリーを味わえます。
さて、ここまでみてきた『牡丹灯籠』は、全て『お札はがし』というエピソード。本編の中の四分の一ほどの量しかありません。怪談噺とはいいますが、怪談部分は『お札はがし』のみ。残りはほとんど仇討ちのお話。しかもただの仇討ちではありません。様々な登場人物が様々なところで絡み合う、今でいうタランティーノ映画のような復讐絵巻。『お札はがし』以外にどんなレコードがあるのか、それはまた次回。
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店勤務を経て、現在はディスクユニオンにて勤務。出身地の影響からか、ドリフで笑いに目覚める。月数回の寄席通いとレコード購入が休日の楽しみ。演芸レコードの魅力を伝えるべく、2019年12月に『落語レコードの世界 ジャケットで楽しむ寄席演芸』(DU BOOKS)を刊行。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
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