レコード盤★盤
“さァーてお立合い。
御用とお急ぎでない方はゆっくりと読んどくれ”

Our Covers #100
キヨトマモル
salon de cassette YOYOGI
冷めても熱いカヴァーの名品について。
武田洋 (eyeshadow)
Ep.12 / 7 June 2025
1966年、ルイジアナ出身のソウル・シンガー、アーロン・ネヴィルが録音した「Tell It Like It Is」は、彼にとって再起の1曲だった。
人生のどん底にいた彼が一発録りで吹き込んだこの歌声は、リリース直後から注目を浴び、果てはフランク・シナトラまでが関心を寄せたとされる。この曲は、貧困やトラブルに見舞われていたアーロン・ネヴィルに初の全米ヒットをもたらし、その後のキャリアを大きく切り開いた。
そんな「Tell It Like It Is」は、1971年にニーナ・シモンも録音していた。長らく未発表だったが、近年の発掘音源集などで陽の目を見るようになったニーナ版は、オリジナルとはまた違った味わいを持つ。
アーロンのバージョンが魂の叫びとしての愛の告白なら、ニーナのカヴァーには冷静で毅然とした「真実を語る意志」のようなものが込められている。彼女にとってこれは単なるラブソングではなく、誠実に生きることの象徴のようにも聴こえる。
ちなみに、タイトルの「Tell It Like It Is」は60年代後半から70年代にかけて、公民権運動の中でよく用いられたフレーズでもある。忖度せずに真実を語る姿勢を示す言葉として、ブラック・アメリカンのアイデンティティやプロテストの文脈でも重要な意味を持っていた。
アーロンの「再生」とニーナの「意志」——まったく異なる背景から生まれた「Tell It Like It Is」は、同じ旋律に別の魂が宿る稀有な好例だ。歌い手が変われば曲の意味も変わる。ぜひ両者を聴き比べて、その違いに耳を澄ませてほしい。