冷めても熱いカヴァーの名品について。
武田洋 (eyeshadow)
Ep.10 / 17 May 2022
The Holy Modal Rounders『The Holy Modal Rounders』 (P-Vine) CD
今回は「Mr. Bass Man」。昔から大好きな曲です。ロックンロールとドゥーワップが混じり合ったポップな曲調で、初めて聴いた時はなんてしゃれた歌だろうと驚きました。テンポが良くてワクワクする展開は飽きることなく、今も耳にするとつい聴き入ってしまう個人的にも殿堂入りの名曲です。
オリジナルはスコットランド生まれのシンガー、ジョニー・シンバル。15歳でアメリカに移住して高校在学中に2枚のシングルをリリース。卒業後、3枚めとして放ったのが「Mr. Bass Man」。18歳、どうりで声が瑞々しい。
ジョニーの甘いボーカルとは対照的な低音でベースを歌っているのはロニー・ブライト。キャディラックス、ザ・コースターズ、ヴァレンタインズ、ディープ・リヴァー・ボーイズと1950年代からドゥーワップグループを渡り歩いたベテランベースボーカリストです。「Mr. Bass Man」以外にもバリー・マン「Who Put the Bomp」、ジャッキー・ウィルソン「Baby Workout」、ピーター・ガブリエル「In Your Eyes」などのヒット曲に参加しています。
「Mr. Bass Man」の歌詞は、〈素敵な音を出すミスターベースマンに教えを乞う男の子〉といった内容で、ベース奏者としてロックンロールの縁の下の力持ちになりたい少年が、徐々にベースをマスターしていくお話です。歌の上手いジョニーとブリブリの低音を効かせるロニーのコンビネーションがたまりません。
原曲がすでに完成形のため、正攻法のカヴァーは正直あまり面白くなくて、例外として3人姉妹のアンドリューズ・シスターズ(ベースパートは男性ですが)が1963年に歌ったこれや、
同じく1963年、フランスのアンリ・サルヴァドールによる小粋なこちら、
日本からはザ・ピーナッツが英語でカヴァーした(こちらもベースは男)や、
堂々と日本語で勝負したダニー飯田とパラダイス・キングの4曲が変わり種としておすすめ。
そしてこれまで聴いた「Mr. Bass Man」の中で一番変でくだらないのがこのザ・ホリィ・モーダル・ラウンダーズの「Mister Spaceman」。
フォーキーでヨレた歌声、ベースマンではなくてスペースマン。「ああ、ミスタースペースマン、僕も宇宙人になりたいな」という歌詞も極上。
Our Coversでシルエロレコードの上西さんが書いていますが、ザ・ホリィ・モーダル・ラウンダーズはUSサイケ / ストレンジ・フォークの代名詞的デュオ。「Mister Spaceman」は1964年のデビューアルバム『The Holy Modal Rounders』に収録、1969年には映画『イージー・ライダー』で「Bird Song」が挿入歌として使われています。映画の内容はほとんど覚えていませんが、この曲の素晴らしさは2022年の今も変わらず。
彼らについては、『The Holy Modal Rounders』日本盤CDのライナーに書いてあった次の文章が見事に言い表しているかと思います。
「ラウンダーズの〈フォーク〉との距離は、サン・ラと〈ジャズ〉のそれに近くなってゆく、要は道をどんどん踏み外してゆくわけです」。
踏み外す音楽、最高。