
演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。
伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.58 / 20 Oct. 2025
先日、『ターミネーター』4Kレストア版を映画館で鑑賞してきた。1984年公開の作品で、初めて観たのは小学生の時だったか。公開から四十年、初めて観てから三十年。レストアということを差し引いても、まったく色褪せない名作だった。あの頃に思い描いた未来は、今でも未来のままだ。
そんな未来を感じさせる要素の一つに、シンセサイザーがあると思う。波形合成によって生まれる音色は、世界中のどんな楽器とも異質な音を発する。『ターミネーター』の中でも、効果的にシンセサイザーが使われていた。
普及から六十年以上が過ぎ、往年のシンセの音色にはどこか懐かしさも漂うが、それでもなお、その音色を耳にすると、未来を感じてしまう。
そんなシンセサイザーを取り入れた演芸作品がある。近未来を感じさせる電子楽器と、伝統的な話芸との組み合わせは一見ミスマッチだが、聴いてみると意外にも相性がいい。どれも時代の空気をまとった意欲作ばかり。今回は、そんなレコードたちを紹介しましょう。
まずはこちら。

上方落語の新作を収めたライヴ盤。通常、落語の出囃子といえば三味線に太鼓、いわゆる寄席囃子が定番ですが、この盤ではシンセサイザーがその役を担います。ニョヘー、ボヒェーといった電子音が会場に響き渡り、その中を噺家がすっと登場。ネタは二人とも、当時のテレビ番組を題材にした同時代性をもった新作落語です。現代の感覚で聴くと、少し首をかしげるような小ネタもありますが、今聴いても十分に笑える。とくに福笑師匠の視点は鋭く、現代のテレビ番組にも通じるような、普遍的な批評性が感じられます。
出囃子こそシンセサイザーだが、それ以降はいたって普通の口演。お次は、シンセサイザー伴奏と噺がしっかりとドッキングした一枚を。

SF寄席 桂米丸 (LP)
映画『未知との遭遇』(1977年)や『スター・ウォーズ』のヒットにより、日本はオカルト・ブームからSFブームへ。そんな時代に、FM東京の特別企画として制作され、その後レコード化されたのがこの『SF寄席』。片面一席ずつ、計二席ともに原作は星新一。音楽は作編曲家であり、スーパー・キーボーディストの深町純。そして演ずるは、新作落語一本で落語界を生き抜いた桂米丸。わくわくする組み合わせでしょう。落語の声はセンターに定位しますが、シンセサイザーの伴奏はしっかりとステレオ。UFOや宇宙人といった現実離れした題材を、電子音が的確に補足します。深町純らしいグルーヴ感を隠し切れないのも、聴きどころです。
ここまでは新作落語とシンセサイザーの組み合わせ。古典落語との組み合わせがこちら。

バイノーラルシリーズ 怪談 牡丹灯籠/林家正蔵 (LP)
古典落語、特に怪談噺の名手として知られる林家正蔵(八代目。後の彦六)が、83歳のときに残した作品。『未知との遭遇』がアメリカで公開されたのと同じ1977年の発売です。バイノーラル録音(ダミーヘッドという人の頭部を模したマイクを使い、人間の聴感を再現する録音方法)で収録された正蔵師匠の語りに、シンセサイザーと効果音を重ねた意欲作。録音とミキシングは日本のトップエンジニアの一人、内沼映二氏が担当しています。裏ジャケットには、レコーディングの模様が少しだけ掲載されており、ダミーヘッドに向き合う正蔵師匠、そしてバイノーラル録音をヘッドホンで試聴する姿が写っています。想像以上にモダンな師匠です。
怪談×シンセサイザーの波は、講談にも。

怪談噺 七代目一龍斎貞山 四谷怪談/真景累ヶ淵~宗悦殺し (LP)
1978年に発売された本作は、一龍斎貞山(七代目)の没後にシンセサイザー・トラックを被せたという異色盤。江戸の時代から怪談ものには効果音がつきもので、笛や太鼓の使い方を工夫して恐怖感を煽ってきました。シンセサイザーといえば鍵盤楽器を思い浮かべる人も多いかもしれませんが、実際は〈音を生成する機械〉。この世のものではない怪談を表現するのに、それまで世になかった音を作り出せるシンセサイザーは、まさにうってつけ。劇伴制作は、シンセサイザー奏者三人からなるバッハ・レヴォリューション。日本の電子音楽史黎明期を支えたユニットの演奏と、早逝の講談師の声が、時空を超えて競演しています。断続的に鳴り響く太鼓と、それに被さる按摩の笛の音が、なんとも気持ち悪い。後の稲川淳二のCD劇伴への系譜も感じさせる作品です。
さらに、新作落語や怪談だけでなく、時代劇にもシンセサイザーが登場します。

子連れ狼 子を貸し腕貸しつかまつる/もがり笛 相模太郎 (LP)
原作・小池一夫、画・小島剛夕による劇画『子連れ狼』を浪曲化したレコード。浪曲なので、基本は三味線の伴奏ですが、要所々々に佐藤允彦のシンセサイザーによって生成された効果音と劇伴が入り、サウンドをぐっと引き締めます。終盤の盛り上がり(バラシ)では、浪曲師の唸りと三味線の掛け合いに果敢に切り込むプレイが光ります。浪曲師たちの熱演に電子音が食らいつく攻防は聴きどころです。
このような演芸のあらゆる可能性を実験し続けた落語家といえば、2021年に亡くなった三遊亭円丈です。その開拓精神から「新作落語のパイオニア」と称されます。そんな彼が残した唯一のLPがこちら。

リハビリテーション 三遊亭円丈 (LP)
オーソドックスにネタを収録することを嫌った円丈は、パロディ、ブラック・ユーモア、歌(しかもヘタ)、はたまたモールス信号小噺など、エッジの効いた笑いをてんこ盛りにしています。もちろんシンセも大活躍。並の落語家を超越した笑いのセンスを、ぜひ体感してほしい一枚です。
円丈師匠がいなくなって、もうすぐ四年。落語界に「円丈」の名が帰ってきます。来春の真打昇進披露興行で、弟子の三遊亭ふう丈が二代目円丈を襲名予定。そんなふう丈の人気ネタのひとつが、古典落語のネタ改変のために未来から使者がやって来る『ターミネーター初天神』。と、思いがけず、というか、やや強引に、冒頭の『ターミネーター』と繋がりました。よくやった、自分。
はいじゃまあ、そういうことでね、円丈が寄席に帰ってきます。楽しみだな。
(つづく)
- Profile
- 1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店員、レコード屋の店員、無職を経て、現在は雑誌編集職。経歴だけはまるで昭和の文化人。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
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