レコード盤★盤<br>“天城を越えるレコード”
feature #215

レコード盤★盤
“天城を越えるレコード”

演芸とレコードをこよなく愛する伊藤一樹が、様々な芸能レコードをバンバン聴いてバンバンご紹介。音楽だけにとどまらないレコードの魅力。その扉が開きます。

伊藤一樹(演芸&レコード愛好家)
Ep.59 / 21 Nov. 2025

←Ep.58

先日、昭和歌謡に特化した取材があり、いい感じのオーディオセットでたっぷりと楽しんできた。使用したスピーカーは、NHKが長くモニターとして使っていたというモデルで、声の再生に適した逸品。そんなスピーカーで聴いた石川さゆり「天城越え」に痺れた。

〽山が燃える

の一節。ビブラートの揺れ幅が徐々に短くなり、ふっと声が消えていく様子が目の前に見えるかのようだった。いや、見えた。それ以来、「天城越え」が頭から離れない。寝ても覚めても「天城越え」。もちろん今回のテーマは、天城越えです。

まずは石川さゆりから。紅白歌合戦を始め、さまざまな歌番組で披露されてきた名曲ですが、意外にもジャケットがどんなだったかはあまり知られていないようです。

Single Title

天城越え 石川さゆり (7インチ)

AH755 コロムビア

見てください、この妖艶さ。曲の世界観とぴったり。同じ写真を使ったLP版『天城越え』も存在しますが、こちらはちょっとしたレア盤で、相場はだいたい1~2万円。これだけ美しいジャケットなら、そのくらい払ってでも手元に置きたいという気持ちはよくわかる。オイラもいつか手に入れたい。現状はCD版で我慢しています。

この曲はご存じの通り、静岡県伊豆市・天城山を舞台にした情念深い恋の歌。発売された1986年当時は、カラオケブームの真っ只中。スナックや宴会で歌の腕前を披露するのが流行りで、それに合わせて歌いやすい演歌が大量に作られていました。

そんな状況で、あえて素人では歌いこなせない曲を世に出す、そのような意欲のもと作られたのが「天城越え」です。歌詞の読み込み、声の強弱のコントロール、息遣いの細かさ。いくつもの要素が要求される難曲ですが、それを完璧に歌いこなす石川さゆりは、やはりプロ中のプロ。惚れ惚れします。

編曲も聴きごたえ十分。琵琶や鼓といった和楽器の挿入、ストリングスをつんざくディストーション・ギター、そしてボトムをしっかり支える硬質なエレキベース。どこを取っても聴きどころばかりです。テレビのスピーカーは特に低音が出にくいので、歌番組ではなく、ぜひ音源でじっくり味わってほしいところ。ちなみに、編曲の桜庭伸幸は、80年代に一世を風靡したプロレス団体・UWFの、メインテーマ作曲者でもあります。

さて、演歌の世界にはカバー文化が根付いています。いい曲が生まれれば、別の歌い手が挑み、また違う表情を見せてくれる。石川さゆり「天城越え」が発売された1986年7月からわずか3ヶ月後の10月、五木ひろしがレコードに吹き込んでいます。

Album Title

五木ひろしベストコレクション 浪花盃 (LP)

28NCL3023 徳間ジャパン
Track
B5:天城越え

難曲にもかかわらず、短期間で自分のものにしてしまうのは、これまたやはりプロ中のプロ。そして、五木ひろしが歌うと、どんな曲も〈五木ひろしの世界〉になるのも面白い。息遣い、語尾の処理、言葉の掴み方、独特のビブラート。細部のアプローチは石川さゆりとはまったく異なるのに、曲が持つ情念はきちんと伝わってくる。歌を生業にする「歌手」という職業の技量の高さを、改めて思い知らされます。

加えてもうひとつ、個人的にお気に入りポイントがありまして。原曲には入っている琵琶なんですが、どうやら見つけられなかったんじゃないかな。代わりにエレキシタールとおぼしき楽器で琵琶パートを弾いているという、これがまた、妙に味わい深い。曲の雰囲気はまったく崩れていないんですが、一度気がついてしまうと、どうにもこうにも愛らしいのです。

「天城越え」というタイトルは、石川さゆりの名曲だけでなく、松本清張の小説、そしてそれを原作とした1983年公開の映画にも同名の作品があります。映画では実際の天城山の景色が随所に映し出されていて、歌の情景を読み解く手助けとなります。そんな映画のサウンドトラックはこちら。

Album Title

天城越え サウンドトラック (LP)

SJX30172 ビクター

まずこの映画、名作です。原作は短編ですが、映画での膨らませ方は素晴らしい。「松本清張には無駄がない」という言葉がありますが、その分、映画としてのアレンジが生き、物語の説得力が増しています。少年の性の目覚めが悪い方向へ進んでしまう痛ましさ、昭和という時代における女性の立場の低さ。胸を締めつけられます。そして何より、遊女を演じる田中裕子の妖艶さ。これはもう唯一無二の存在感です。

このサントラ盤は、菅野光亮の劇伴とともにナレーションで映画本編を振り返る構成で、映画を耳で追体験できます。以前も書きましたが、当時は映像ソフトなど存在せず、映画館で観る以外に作品に触れる手段がほぼありませんでした。だからこそ、こうした〈音で物語を辿るレコード〉が数多く作られたわけです。DVDや配信がある現代に聴いても、音だけで映画を思い起こすこの感じ、とても味わい深いものがあります。

この映画のテーマ曲は、シングルカットもされています。

Single Title

季節のない森 後藤啓子 (7インチ)

SV7263 ビクター

これまた歌詞がうまく映画の内容を暗喩していて、曲を聴いていると天城の道中が頭に浮かびます。

石川さゆり「天城越え」を作詞した吉岡弘が、どこまで映画『天城越え』を意識していたのかはわかりませんが、物語と歌詞がふっと重なる瞬間があり、胸がざわつきます。

たとえば冒頭の一節、

〽隠し切れない 移り香が

は、遊女の白粉を連想させるし、

〽誰かに盗られる くらいなら あなたを 殺していいですか

は、遊女を買った男への嫉妬心とも見て取れる。男女こそ逆転していますが、歌の内容と映画の情念が妙にリンクするのです。

なので、映画を観てから歌を聴き返すと、さらに深い愛欲の世界が見える。もし、「天城越え」という曲は知っているけど映画はまだという方がいたら、ぜひ一度、映画とレコードのあいだを行き来してみてください。愛と情念の渦に巻き込まれ、石川さゆりと田中裕子の妖艶な姿が頭から離れなくなりますよ。お気をつけて。

(つづく)

Profile
1985年東京都東村山市出身。演芸&レコード愛好家。ジャズ・ギタリストを志し音大へ進学も、練習不足により挫折。その後、書店員、レコード屋の店員、無職を経て、現在は雑誌編集職。経歴だけはまるで昭和の文化人。
https://twitter.com/RAKUGORECORD
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