2025年6月9日、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの合併症により亡くなったスライ・ストーン。
スライ&ザ・ファミリー・ストーン名義のキャリアにおいて、公式アルバムに収録された唯一のカヴァー「Que Sera, Sera」について。
武田洋 (eyeshadow)
11 June 2025
スライ・ストーンの訃報にふれて、まず浮かんだのが「Que Sera, Sera (Whatever Will Be, Will Be) 」だった。あの選曲はやっぱり素晴らしい。
原曲は、1956年のヒッチコック映画『知りすぎていた男』でドリス・デイが歌ったスタンダードナンバー。甘くのんびりしたストリングスに乗せて、「将来はどうなるの?」「なるようになるわ」と母が微笑む。楽天的な人生観の象徴として、多くの人に親しまれてきた。
それをスライ&ザ・ファミリー・ストーンが1973年にカヴァーした。この時期の彼は、『There’s a Riot Goin’ On』を発表した後で、すでに理想と現実の狭間で揺れていた頃。そんなタイミングで選んだ「Que Sera, Sera」は、単なる気まぐれのカヴァーではない。
まず耳を引くのはアレンジ。オリジナルのドリス・デイ版がゆったりとしたストリングス主体の曲調であるのに対し、スライ版では70年代らしい洗練されたファンクアレンジが施されている。クラヴィネットやワウ・ペダルが効いたギターが、明快なグルーヴとともに内省的でクールな空気を漂わせる。
リードを務めるのはスライの妹、ローズ・ストーン。少し寂しげな声が、「なるようになるわ」という言葉に静けさと強さを与えている。スライが自分で歌わず妹に託したことで、このカヴァーには彼自身の感情が遠回しに投影されているようにも聴こえる。
1973年という時代背景も無視できない。ニクソン政権の末期、公民権運動の熱は落ち着き、社会に無力感が漂っていた。そんな空気のなかで「Que Sera, Sera」は選ばれた。楽観でも絶望でもない、ニュートラルな響きが、当時の世相と共鳴していたのだろう。
語感についても触れておきたい。「Que Sera, Sera」はスペイン語風に聞こえるが、実際には英語由来の造語で、スペイン語にもイタリア語にも存在しない。前向きだが、どこか責任を放棄するような響きもある。スライはその明るい曖昧さの奥にある無力感を感じ取り、自身の音楽で応答したのではないだろうか。
微笑みをたたえたドリス・デイの「Que Sera, Sera」に対してスライのカヴァーは、希望と諦め、愛と孤独を包んでいる。「なるようになる」と叫ぶ彼の声は、まるで〈それでも踊るしかない〉と言っているようだ。
享年82歳。ご冥福をお祈りします。
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