武田洋 (eyeshadow)
7 Oct. 2023
『レゲエ・ヒッツ』シリーズはイギリスのジェット・スター・レーベルが出していた名物コンピレーションである。Vol.1が出たのが1985年で、2007年のVol.37が最後(翌年に同レーベルは解散し買収されている)。
もともとジェット・スターはロンドンを拠点とするレゲエのディストリビューターであり、1978年のパマ・レコーズ廃業後、パーマー・ブラザースによって設立された。
1980年代から90年代前半にはアンダーグラウンドの作品も多く配給していて、ホワイトラベルに曲名とアーティスト名がスタンプされているだけの正体不明の12″インチが毎週日本に入ってきていたのはこのジェットスターが出元。
それらはまさしく玉石混交で、当時ロンドンを席巻していたグラウンドビート系やジャマイカとは異なる色合いのダンスホールで面白いのが30枚中1枚くらいの割合で紛れ込んでいた。最初にジャングルを聴いたのもこんなホワイトラベルだったし、レゲエだけじゃなくUKソウルも時々あった(オマーの「There’s Nothing Like This」も確か最初はホワイト盤だった)。
『レゲエ・ヒッツ』はそんなジェット・スターがレーベルを横断して旬の曲をピックアップしたコンピレーションで、自分は1988年のVol.5から1991年のVol.10ぐらいまでは熱心にチェックしていた。これ以降はほぼリアルタイムでジャマイカの新譜が日本で聴けるようになっていたから、『レゲエ・ヒッツ』の存在は便利ではありつつも、年1~2タイトルのリリーススピードでは到底追いつかず、しだいに古びて聴こえてしまうようになっていた。
特に思い入れがあるのは1988年に出たVol.5。まさに当時のレゲエシーンが凝縮されていて、いま改めて通して聴くと品のあるレゲエばかりで驚く。
爆音で再生せずともイヤホンで十分味わえる曲のクオリティで、その後の濫造フィーバーを経た上で振り返れば、もちろん90年代も名曲は星の数ほど生まれているけれど、80年代末のこの瞬間こそが真のダンスホールレゲエの黄金期だったのではないかと思ってしまう。曲のまとっている雰囲気や音そのものから純粋にそう感じるのであり、決してノスタルジックな感情に駆られているわけではない。
当然のごとくカヴァー曲も多く収録していて、リロイ・ギボンス「Power of Love」、リトル・カーク「Man in the Mirror」、L.J.M.「Ooh La La」、ジュリエット・パーキングス「I Still Say Yes」、アール16「Holding Back the Years」、シンシア・シュロス「Am I Losing You」と、計6曲が入っている。実に全体の40%超がカヴァーソングだ。
順番に見ていこう。1曲めのリロイ・ギボンスは、ジャミーズのサウンドシステムで活躍した実力派シンガーで「This Magic Moment」「Cupid」「Stir It Up」とオールディーズのカヴァーを得意とした。「Power of Love」はジェニファー・ラッシュの1985年ヒット曲で、エア・サプライやセリーヌ・ディオンもカヴァーしている。伸びやかに歌うリロイの声と涼やかなトラックはアルバムの幕開けにふさわしい。
3曲めリトル・カーク「Man in the Mirror」はご存じマイケル・ジャクソン。1981年に地元のタレントコンテストで見いだされ、パトリック・ロバーツ率いるショッキング・ヴァイブスに参加して人気シンガーとなった。この曲はパトリックとカーク自身によるプロデュース。
A面ラストはL.J.M.「Ooh La La」。88年にタクシー・レーベルが放ったスラロビ制作の大人気打ち込みラヴァーズ。54-46名義でも同年にリリースされていてそちらの方が有名だが、中身はL.J.M.と同じ。
B面トップのジュリエット・パーキングス「I Still Say Yes」、これも素晴らしい。クライマックス「I’d Still Say Yes」のしっとりした哀切ソングを、レゲエでは珍しいくらいの超高音域ボイス(ルイザ・マークスよりハイトーン)で歌った極上のフラジャイル系ラヴァーズ作品。ベースとのコントラストも見事。彼女は謎のシンガーで、シングルを3枚残して消えてしまった。
「Holding Back the Years」はキングストン生まれのアール16が、イギリスに渡って当地の大ヒット曲をカヴァーした彼の代表作のひとつ。
トリを飾るシンシア・シュロス「Am I Losing You」はジム・リーヴス1956年のカヴァー。甘い失恋ソングのメロディを哀調のあるトラックで継承したウィリー・リンドのプロデュースで、メゾソプラノの歌声にとてもマッチしている。
以上カヴァー曲にスポットを当てて見てきたが、1988年前後はコンビネーションものの全盛期でもあって、このVol.5にもフライティ&カーネル・マイト「Life」、ティンガ・スチュワート&ニンジャマン「Cover Me」、フローガン&サンチェス「Mi Love Mi Girl Bad」と錚々たる名曲が入っている。
コンビネーションは、お馴染みの定番曲を歌うシンガーにディージェイが絡むというスタイルが一般的で、「Cover Me」ではティンガの歌うパーシー・スレッジの「Cover Me」を、「Mi Love Mi Girl Bad」ではディオンヌ・ワーウィックが83年に歌ったルーサー・ヴァンドロス作の大ヒットソング「So Amazing」をそれぞれ下敷きにしている。この2曲もカヴァーとしてカウントしてもいいなら、アルバムの57%がカヴァー曲となる。
こうしてみるとやはりこのコンピは出来がいい。80年代末、ダンスホールレゲエがモンスターになる直前の一端を感じさせてくれる。
レコードもCDもまだ安価で手に入るので、この時代を知らない人も一度聴いてみて欲しい。SpotifyやアップルのMusicにもあることはあるが、本来14曲なのに10曲しか配信されていないのでくれぐれもご注意を。
と、ここまで書いてふと思いつき、Spotifyでプレイリストを作成した。全14曲揃った完全版、よろしければどうぞこちらでお聴きください。
Reggae Hits Vol.5 (Jet Star)
01: Leroy Gibbons「Power Of Love」Producer A. Palmer
02: Frighty & Colonel Mite「Life」Producer Y&D
03: Little Kirk「Man in the Mirror」Producer Kirk Davis, Patrick Roberts
04: Tinga Stewart & Ninja Man「Cover Me」Producer Lloyd Dennis
05: Flourgan & Sanchez「Mi Love Mi Girl Bad」Producer Bunny Cowan
06: Admiral Bailey「No Way No Better Than Yard」Producer King Jammy
07: Crucial Robbie / Offbeat Posse「Proud To Be Black」Producer Y&D
08: L.J.M.「Ooh La La」Producer Sly & Robbie
09: Juliet Parkings「I Still Say Yes」Producer Rockers Master
10: Kofi「Black Pride」Producer Mad Professor
11: Intense「The Very Best」Producer Mad Professor
12: Earl 16「Holding Back The Years」Producer E. Ford
13: Trevor Dixon「Woman Of Moods」Producer D. Burke
14: Cynthia Schloss「Am I Losing You」Producer Willie Lindo