2025年6月11日、ブライアン・ウィルソンがこの世を去った。
ザ・ビーチ・ボーイズ名義での公式アルバムに収録された彼のソロ・シングルであり、かつてはバンド名義でのリリースが危ぶまれた「Caroline, No」について。
武田洋 (eyeshadow)
13 June 2025
「あの長い髪はどこへ? あの頃のきみはどこへ行ったの? あの笑顔まで、どうして消えてしまったの?」――そんな問いから始まる「Caroline, No」は、ブライアン・ウィルソンの作品のなかでも、とりわけ寂しさが際立つ1曲だ。
「Caroline, No」は、1966年3月7日にブライアン自身の名義で初めてリリースされたソロシングル。当時の理由として、レーベル側がビーチ・ボーイズ名義でのリリースを躊躇して、「この曲にビーチ・ボーイズのハーモニーは合わない」との判断があったのと、ブライアン自身もソロ活動を試みたかったという動機があった。
タイトルには感傷的な響きがあるが、これは偶然の産物だった。作詞を手がけた広告コピーライターのトニー・アッシャーが〈Carol, I Know〉と仮に名づけたものを、ブライアンが〈Caroline, No〉と聞き間違え、それがそのまま採用。「Caroline, No」は意図せぬ誤解から生まれたタイトルだった。
歌詞の背景には、アッシャーが当時交際していたキャロル・アーメンとの別れがある。彼女が髪を切り、変わっていく姿にかつての面影を見出せず、戸惑いと喪失を覚えたことが、そのまま「Why did you change?」という言葉になった。作曲はブライアン。コード進行やメロディには、彼らしい繊細な情感が刻まれている。
「Caroline, No」はビルボードHot 100で32位を記録。大ヒットとまではいかなかったが、当時のブライアンにとって画期的なことだった。そして当初リリースに消極的だったキャピトルも、『Pet Sounds』の制作が進むにつれてこの曲の持つ意味に気づき、アルバムの最終曲として収録を決定した。
サウンドは、ハープシコードと12弦ギター、ウッドブロックが軸。アルバム版のラストには列車と犬の鳴き声のフィールド録音が加えられ、去ってしまった日常を象徴するような余韻を残す。一方でソロシングル版はテンポがやや速く、SEは含まれていない。また、声が若く聴こえるようにテープスピードを上げていたという逸話も、彼の独特の美意識を物語っている。
ここからは、「Caroline, No」という楽曲がどのように他のアーティストたちに解釈されてきたか、そのカヴァーを通して見ていきたい。
まずはDOOPEESによる「Caroline, No」。謎の多いシンガー、 キヨシ・ヒヤマがリードボーカルを担当し、ヤン富田のプロデュースによる王道かつエクスペリメンタルなアレンジが特徴。『Doopee Time』(1995年)のラストに収録されている。
ブライアン・ウィルソンの繊細なハイトーンに対して、ヒヤマの声はもっと生々しく、地に足のついた歌い方。どこか哀愁漂う男性的な深みがあって、〈後悔〉をリアルに感じさせる。
原曲よりもスローで、ドリーミーな音像。終盤に挿入される列車の走行音、唐突に流れるクラフトワーク 「Trans-Europe Express」のメインリフ(ここがヤン富田)、犬の鳴き声……アルバムの最後に置かれている点も含め、『Pet Sounds』版の「Caroline, No」への明確なオマージュとして構成された1曲。
オウスー&ハンニバルの「Caroline, No」は、ブライアンの原曲が持つ繊細なメロディを受け継ぎながらも、より浮遊感のあるアレンジに仕上げられている。夜の海を静かに漂うようなリバーブ処理されたボーカルが幻想的なムードを醸し出す。
オウスー&ハンニバルは、デンマーク出身のフィリップ・オウスーとロビン・ブラウンによるデュオで、ロビンは後にライやクアドロンなどのプロジェクトでも知られるようになる。この曲は、2006年にカヴァー曲を集めたコンピレーション『Rewind! Vol. 5』(ユビキティレコード)で初めて発表され、同年リリースのデビューアルバム『Living with Owusu & Hannibal』にも収められた。
オリジナルの「Caroline, No」が持つ儚さや喪失感も維持しつつ、静かな没入感へと導くようなアプローチが印象的。NPRの音楽番組ではこの楽曲が取り上げられ、「cavernous electronic swells(洞窟のような電子的うねり)」と称賛された。
ニック・デカロによる「Caroline, No」は、オーケストラルなアレンジが織りなすソフトロックの名カヴァー。原曲の切なさをそのまま受け継ぎながらも、滑らかで優しい歌声が曲全体をよりロマンティックな色調へと染め上げている。
甘く柔らかな音像は古いハリウッド映画のラブシーンのような情感を帯びており、特に印象的なのがテンポをずらした独特のボーカルスタイル。ビーチ・ボーイズの原曲や他のカヴァーと比べると、デカロのボーカルはとても自由だ。歌詞を少し引き延ばし、あるいはためらいがちに語りかけるようなニュアンスが、恋人への未練や戸惑いをリアルに伝えてくる。まるでカーテンがゆっくりと閉まっていく劇場のフィナーレのような、時代を超えたエレガンス。
名曲は名カヴァーを生む。
原曲が持つ〈変化〉への戸惑いや喪失感は、普遍的な感情として、それぞれの時代のアーティストのフィルターを通し、新たな色と深みを増してきた。ブライアンの繊細な問いかけは、キヨシ・ヒヤマの華麗な歌声で後悔に、オウスー&ハンニバルの浮遊感あるサウンドで幻想的な諦観に、そしてニック・デカロの甘いオーケストレーションでロマンティックな未練に、それぞれ形を変えて響く。
私たちは皆、人生の中で「Caroline, No」が問いかけるような〈変化〉に直面する。それは、かつての輝きが失われる寂しさであったり、予期せぬ未来への不安であったりするかもしれない。
「Caroline, No」は時間が流れても変わらないものの尊さと、変化し続けることの切なさを同時に教えてくれる、まさに時代を超える名曲であると言えるだろう。
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