冷めても熱いカヴァーの名品について。
武田洋 (eyeshadow)
Ep.13 / 23 Jun. 2025
Dennis Brown『Super Reggae & Soul Hits』(Trojan)

年に数回、何かの拍子で無性に聴きたくなる曲がある。「Wichita Lineman」もそんな1曲。日常の隙間にふと流れてきたら、完全にその世界へ引き込まれてしまう。作者ジミー・ウェッブによるとたった数時間で書いた曲だそうだけれど、なぜか人生の折々に刺さってくる。
原曲は1968年、グレン・キャンベルのバージョン。静謐なストリングスと優美なギター、そしてキャンベルの哀愁を帯びた歌声が、アメリカ中部の平原に佇む電話技師の孤独を描く。キャンベル自身もギタリストとして一流で、レッキング・クルーの一員だったというのもポイント。いわば演奏と歌の両面で完成された「語り手」である。
そしてこの名曲、レゲエというまったく別の文脈でも育っていた。デニス・ブラウンによるカヴァーはその最たる例。1972年のアルバム『Super Reggae & Soul Hits』収録。これがまたとんでもなく沁みる。原曲の切なさを保ちつつも彼特有の包み込むような歌声が、原曲とはまた異なる「Wichita Lineman」を創り出している。
こうして様々な解釈が生まれるなかで、近年になって個人的に刺さったのが、カフェ・カネラによるカヴァー。アルゼンチンのギタリスト、パブロ・デル・ポソが率いるこのユニットは、ジャズ、ボサノヴァ、南米民謡などを消化しながら、驚くほど丁寧な演奏で知られる存在。特に「Wichita Lineman」では、ギターの音色が軽やかで、間合いの取り方に職人技が光る。
実はこのカフェ・カネラ、過去にスペイン語圏のポップスを中心に再構築するスタイルで名を馳せたことがある。アルバムに記されたメンバー表を見ると、名前を変えて活動していた某タンゴ・グループの元メンバーが含まれていたりと、謎の多い集団でもある。彼らは曲によってユニット名義を変えることでも知られていて、「夜だけのトリオ(Trío Sólo de Noche)」として発表された別バージョンが存在するという噂もある。
また、毎日更新のEyeTubeで過去に取り上げた「Wichita Lineman」の印象的なカヴァー3選も改めて紹介しておきたい。
まずは、クール・アンド・ザ・ギャングによる1971年のライヴ音源。アルバム『Live at the Sex Machine』に収録されたこのバージョンは、ファンク・バンドならではの重厚なリズムとホーン・セクションが織りなすインストゥルメンタル編成ながら、原曲の持つ哀感や内省的なトーンも保たれている。会場の熱気と相まって、ライヴならではの息づかいが音に刻まれているのが印象的。
次に、ブライアン・ベネットが1969年のアルバム『The Illustrated London Noise』で手がけたカヴァー。元シャドウズのドラマーで、後にライブラリー・ミュージックの分野でも活躍した彼らしく、ジャズとラウンジ、イージーリスニングの要素をほどよく溶け合わせた柔らかなアレンジが耳を引く。全体に漂う洗練された静けさが原曲の内省的な側面に、別の光を当てている。
そして、ディー・フェリス・トリオの1969年名盤『In Heat』に収録されたソウルジャズ編。引き締まったビートと端正なピアノが際立ち、オハイオ州シンシナティのジャズクラブで鍛えられた演奏感覚が、原曲に力強いリズムと滑らかな展開を加えている。
ちなみに〈Wichita〉という地名は、ネイティブアメリカンのウィチタ族に由来し、「枝に住む人々(People of the Big Arbor)」という意味を持つという。この詩的な語源を知ると、たとえば電線に思いを乗せて誰かに届こうとするこの歌の情景が、より深く胸に迫ってくる。
そうして「Wichita Lineman」はカヴァーされるたびに、演奏者の解釈によって新たに生まれ変わっていく。
ジミー・ウェッブが描いたのは、ある技師のつぶやきにも似た心の声だった。それが半世紀以上にわたって歌い継がれ、変奏されてきた背景には、この曲がただのラブソングでも、働く男のバラードでもなく、「届かない想い」と「続ける日常」という普遍のモチーフを内包しているからだと思う。
都会的なアレンジに染まっても、レゲエのリズムに乗っても、あるいはジャズ・ファンクのグルーヴのなかでも――その核心は揺らがない。ワイヤーの向こうに誰かを感じながら、それでも黙々と任務を果たす姿に、人は自らを重ねてきた。
そんな「Wichita Lineman」が、また今日もどこかで静かに流れ、誰かの心に触れているだろう。
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