カヴァー・トライアスロン Ep.2
feature #009

カヴァー・トライアスロン Ep.2

鈴木孝弥
Ep.2 / 30 DEC 2019

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今月は、そのキング・タビー名義「Breezing Dub」のリディムのオリジナル、ヘプトーンズの1966年のヒット曲「Fattie Fattie」(a.k.a. 「I Need a Fat Girl」or「Fatty Fatty」)から聴き進む。

The Heptones『Fattie Fattie』
Title

Fattie Fattie

Artist
The Heptones
Album
The Heptones

スカとレゲエの狭間に位置するロックステディの代表曲のひとつで、非常にチャーミングな体裁の、ジャマイカ音楽ファンに限らずあらゆる音楽好きの間で人気の高い曲なわけだけれども、この曲、実は本国ジャマイカで、それに確か英米両国でもバッチリ放送禁止曲に指定されている。「オレは今夜、太った女の子が必要だ――とってもとっても太った女の子が」という歌い出しで、ムラムラきちゃった主人公が一晩中〈a very, very fat girl〉と仲良くしまくるリリックスが卑猥で煽情的、というわけだ。

世の中に性愛を直接的・間接的に歌う曲は多々あれど、特に日本のリスナーがこの曲で玩味するべきは、“太った女の子”だからこそセクシーなんだ、心身を満たしてくれるんだ、というファット・ガール賛美の弁だろう。それが市井の共感を呼んだからこそこの曲はヒットし、今もロックステディ・クラシックとして輝きを放っているという点に注目したい。

突然だが、昨今の再燃・芦川いづみブームにちょっと胸を熱くしながら思い出したことがある。10代の頃に観たTVドラマ『プロハンター』で藤竜也のファンになったのだが、当時何かの雑誌インタヴュー(だったと思う)を読んでいたら、好きな女性のタイプを問われた藤は、自分がエネルギッシュなときならスレンダーな女性が好みだけど、疲れてるときはふくよかなひとがセクシーだと思うね、といった内容の、“誤解を招きかねない”返答をしていた。家に帰ったら芦川いづみがいる男(エネルギッシュなときに口説いたんだな)がそんなこと言っていいのかよ!と子供ごころに思ったし、まあいろいろツッコミどころもある発言だが、そういう背徳性薫るマチズムは昔のちょっとワルそうな色男俳優のオーラ/芸の一部だったのは事実だし、フランス最高裁が「不倫はもはや反道徳的とはいえない」という判決を下す時代に至ってそのへんを蒸し返すのも無粋なのでここでは脇にのけておくが、その〈疲れてるときはふくよかなひとがセクシー〉のくだりはあの藤竜也の渋さでもって発せられるになんとも味わい深い。それに、発して様になるには相当に難易度の高いセリフだ。さすが大スター芦川いづみを落とし、即引退させ、独り占めにした男。

“太った”と“ふくよかな”は違うだろう、というツッコミもあろうが、両者の境目がBMIと体脂肪率の数値で線引きできるわけではない。問題は“どのくらい”だとセクシーに感じ、心身を満たしてくれるのか、という、その感じ手にとっての深遠なる雅趣の問題なのである。痩身こそ美であり正義、という単細胞的で狂信的な風潮が蔓延した日本社会では、ましてや女性が自ら「人気モデルの****より私の方が“太ってる”」と言って気にし、ときには“太ってる”ことでいじめられたりする――オレの目には“ふくよか”ですらない体型であっても…。

この病的な痩身信仰のせいで、“デブ”は当然としても、“ふくよか”や“ぽっちゃり”、“豊満”や“丸い”“大柄”“大きい”という言葉まで、その文脈においては“婉曲の役目を果たしていない侮蔑語”扱いでほぼ全面的にタブー視されてしまい、まさに体型通りギスギスした社会になってしまっている。少々卑猥だろうと煽情的だろうと、ファット・ガールと仲良くなって、もう無理、ってとこまでセックスしたんだよ、っていう歌のおおらかさの方が、はるかに人間味にあふれていて好もしい。

ファット・ガールといって、「Fattie Fattie」に続いて思い浮かぶのがトランペッター、“ファッツ(おデブの)”・ナヴァロのその名も「Fat Girl」だ。

Fats Navarro『Fat Girl』
Title

Fat Girl

Artist
Fats Navarro
Album
The Savoy Sessions

1947年のビー=バップ有名曲で、曲の最初と最後に、サクソフォニストのレオ・パーカーが“Fat Girl ! Fat Girl !”と2度ずつ叫ぶのがまたいい感じなのだが、実はこの“Fat Girl”とは、声が高かったことからナヴァロにつけられたニック・ネイムだったらしい。長らくその話を知らずに聴いていたので、この曲は“太った女の子”が楽しそうに食べたり飲んだり踊ったりしている陽気で快活なイメージを曲にしたのだと思っていたし、今もそう感じてしまう。レオ・パーカーの叫び声も、ヘイ、かわい子ちゃん!的なナンパコールに聞こえるのだ。

ベイルート出身の在英シンガー・ソング・ライター、ミーカ(Mika)の2007年のファースト・アルバム『Life in Cartoon Motion』からシングル・カットされた「Big Girl (You Are Beautiful)」は、婉曲法を用いた“ビッグ・ガール”賛歌。

Mika『Big Girl (You Are Beautiful)』
Title

Big Girl (You Are Beautiful)

Artist
Mika
Single
Big Girl (You Are Beautiful)

この曲はクイーンの「Fat Bottomed Girls」のディスコ版焼き直しだと評されもしたが、クイーンの歌詞と比べて性的な匂いがほぼない。その違いには、ミーカがゲイであり、クイーンの「Fat Bottomed Girls」を書いたのはギタリスト、ヘテロのブライアン・メイ、というセクシャリティの差が如実に関係しているだろう。フレディ・マーキュリーがその“fat bottomed girls”を性的対象として意気揚々と歌い飛ばせるのは実質的なバイ=セクシュアリティのせいなのかとも思うし、ヘプトーンズの完全ヘテロ=セクシュアル・チューンから何曲か思い浮かべただけで、男の立場から歌われるファッティな女性美への賛歌も、セクシュアリティのスタンス別にいろいろな視点や形があるものだと気付く。つまり、“太った女性、ありか、なしか”ではなく、“あり”の中に様々な表現が存在するひとつの文化なのだと。

〈fat activism〉〈fat acceptance〉といった言葉は、日本ではほとんど浸透していない(そもそも肝心の“fat”が訳しにくい…)。こうした名称で呼ばれる運動の肝は、一言で言えば、もっぱら女性向けのファッション・ブランドの広告でアピールされる“理想の体型”のイメージ(「このモデルの体型でないと、うちの服は綺麗に着られませんよ」)が、強大な資本力によって流布され蔓延する、その不自然な暴力性に真っ向から抗うことにある。

ポピュラー・ミュージック界からこの問題を鮮やかに切り返して見せ、ファット・アクティヴィストの鑑のような存在になったのが、アメリカの3人組オルタナ=パンク・バンド、ゴシップのフロント・ウーマン、ベス・ディットーだ。

Gossip『Standing in the Way of Control』
Title

Standing in the Way of Control

Artist
Gossip
Album
Standing in the Way of Control

彼女はその豊満な肉体をステイジ上で誇らしげに揺らしながらパワフルな歌を聴かせる、その存在感と佇まいがファッション業界を刺激し、いくつものブランドが彼女にコラボレイションを申し出るようになり、太っていることのかっこよさを洋服でどう演出するかに意識を向けるようになったのである。さらには化粧品メイカーもタイ・アップをオファー。こうした行為は、企業が新たなマーケットを開拓するために単にベス・デイットーの人気を利用したように見えるが、レズビアンの彼女はLGBTQ+の人権擁護活動家としても知られていて、彼女と手を組むメイカーはその主張に合意しているものとみなされるため、そのコラボは保守系の顧客を失うリスクを伴う政治的行為なのである。

そんな彼女のアクティヴィストとしてのスタンスを英国を中心に世界に知らしめることになったのが、2006年、同性婚に反対したジョージ・W・ブッシュの米共和党政権を批判した「Standing in the Way of Control」だった。この曲は現在も性的マイノリティの人権擁護運動アンセムとして愛されている。

“fat”つながりで好きな曲をもうひとつ。ヴォーカル・グループのアン・ヴォーグ1992年のアルバム『Funky Divas』に入っていた「It Ain’t Over Till The Fat Lady Sings(太ったレディが歌うまでは終わらない)」。

En Vogue『It Ain’t Over Till The Fat Lady Sings』
Title

It Ain’t Over Till The Fat Lady Sings

Artist
En Vogue
Album
Funky Divas

これはワーグナーの長大な楽劇『ニーベルングの指環』の最後を締めるワルキューレ:ブリュンヒルデを伝統的にとても豊満なソプラノが演じていたことに由来することわざで、つまり、出る人が出ないと終わらないの意(当然“fat lady”は大トリ、ポジティヴな意味で用いられている)。転じて、最後の最後まで希望を持って諦めるな、という励ましの文脈でも用いられるが、この曲はアン・ヴォーグが自分たちのポテンシャルをアピールしている曲で、お楽しみはこれからよ、という感じでこのタイトルを用いてるんだと思う。

この曲が知られているのは、インクレディブル・ボンゴ・バンドの「Apache」(1973年)をサンプリングしているせいもある。ヒップホップ国の国歌(hip-hop’s national anthem)と呼ばれるほどにその筋で愛されている古典的サンプリング・ソースである。

Incredible Bongo Band『Apache』
Title

Apache

Artist
Incredible Bongo Band
Album
Bongo Rock

ここからあまたのサンプリング例があるにせよ、「Apache」が国歌とまで言われるのは、1982年のシュガー・ヒル・ギャング・ヴァージョン(カヴァー)の功績も大きいだろう。セカンド・アルバム『8th Wonder』に入っている。

Sugarhill Gang『Apache』
Title

Apache

Artist
Sugarhill Gang
Album
8th Wonder

そしてこの「Apache」のオリジナルは、1960年のザ・シャドウズ。聴いたことのない人はいないほど有名だろう。イギリスの作曲家ジェリー・ローダンが書き、最初に録音したのが同国のギタリスト、バート・ウィードン(Bert Weedon)で、少々テンポののろい彼のヴァージョンものちにリリースされたが、あとから録音したシャドウズ・ヴァージョンが先にリリースされた。

The Shadows『Apache』
Title

Apache

Artist
The Shadows
Single
Apache

この英国のシャドウズ、いにしえの“エレキ・インスト”バンドとしてアメリカのベンチャーズと双璧をなす存在として知られるが、元はクリフ・リチャードのバック・バンド。そのクリフ・リチャード&ザ・シャドウズ名義で最も知られた曲のひとつ、「Apache」のすぐ前年の59年にリリースされて全英&アイルランドでNo.1ヒットになった曲「Travellin’ Light」が、昨(2018)年ニック・ロウによってカヴァーされたことは記憶に新しい。

Cliff Richard & The Shadows『Travellin’ Light』
Title

Travellin’ Light

Artist
Cliff Richard & The Shadows
Album
The Best Of The Rock ‘n’ Roll Pioneers

Nick Lowe『Travellin’ Light』
Title

Travellin’ Light

Artist
Nick Lowe
Single
Tokyo Bay

その「Travellin’ Light」を書いたアメリカ人2人組、シド・テッパー(Sid Tepper)とロイ・C・ベネット(Roy C. Bennett)は、例えばエルヴィス・プレスリーに40曲以上書いているような、当時R&R界の最先端を行く高名なソング・ライター・チームということでクリフ・リチャード&ザ・シャドウズも曲を注文したのだと思うが、これが当時まさに“アメリカの風”だったのだろう、ローリング・ストーンズのキース・リチャーズが最も影響を受けた曲のひとつに挙げ、「シャドウズが登場するまで、イギリスには聴く価値のある音楽はなかった」とまで言ったジョン・レノンもしかり。その他大勢がある意味で英国のR&Rの起源をここに見ている、といった感じの重要曲なのだ。ハーマンズ・ハーミッツも少しあとにレコーディングしたし。

つまりシャドウズは「Apache」でUSヒップホップ界にその名を残し、「Travellin’ Light」のサウンドでUKロックの嚆矢となった偉大なバンド、ということになる。ただ、「Travellin’ Light」の方は今聴くと刺激の薄いロッカ・バラッドなんだけどね。それでニック・ロウはシャドウズっぽい“エレキ”な音色を再現しつつ、アップ・テンポのR&Rに焼き直したんだろう。UKロック職人の原点回帰的4曲入りEP『Tokyo Bay』(好盤)の最後を締めるのがこの曲というのも、やっぱり相当思い入れが深いんだろうなあ。(つづく

Cover Triathlon Ep.2 Playlist
1. The Heptones「Fattie Fattie」
2. Fats Navarro 「Fat Girl」
3. Mika 「Big Girl (You Are Beautiful)」
4. Gossip 「Standing in the Way of Control」
5. En Vogue「It Ain’t Over Till The Fat Lady Sings」
6. Incredible Bongo Band 「Apache」
7. Sugarhill Gang 「Apache」
8. The Shadows 「Apache」
9. Cliff Richard & The Shadows 「Travellin’ Light」
10. Nick Lowe 「Travellin’ Light」

 

 

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