カヴァー・トライアスロン Ep.0
feature #001

カヴァー・トライアスロン Ep.0

鈴木孝弥
Ep.0 / 26 SEP 2019

Ep.1→

誰でも普段、古い曲から新しい曲まで、頭の中で整理したり、調べたり、掘ったりしながら音楽を楽しんでいると思う。例えば、気になった曲が誰かのカヴァーだと知ったら、そのオリジナルのヴァージョンを聴いてみたくなるだろう。あるいは、自分が昔から好きだった曲の、知らないアーティストによるカヴァー・ヴァージョンと出逢ったら、そのアーティストのことを知りたくなるだろう。

今回《eyeshadow》からカヴァーをテーマに音楽を掘り進んでいく内容で連載を頼まれたので、自分がそれ絡みで普段どんな風に音楽を楽しんでいるのかそのまま記録することを思いついた。ある曲の〈オリジナル〉と〈カヴァー〉の関係を軸に、その曲を聴いて甦る記憶とか、浮かんでくる関連性から、また別の曲を思い浮かべる、そのマインドマップを言葉でアウトプットしてみようという試みである。頭の中では日常的にそうした図が膨らみ、線が延び続けているのだから、それを書き出すこと自体に苦労はないはずだ。が、どんなゲームにもルールが必要だから、ここは〈アーティスト〉〈曲〉〈内容〉の3要素のいずれかの関連性に基づいて曲を思いつくまま数珠繋ぎに聴き進み、その線を途切れさせずに記録して、毎回10曲ずつ紹介していく…。3種複合で前に進む持久種目だから、さしずめカヴァーしばりのトライアスロンといったところか。

実は、この連載について最初に相談を受けたのは2017年のことだった。そのときに上記の内容を思いついたが、予想通りにイマジネイションが繋がっていくのか、実際にやってみないことには確証が持てない。ならば、どんな感じになるか試しで1回分やってみよう、ということで当時作った“パイロット版”が下記のものだ。この連載の初回は、#00としてそれをそのまま使うことにした。

さて、スタート・ラインについてみたが、出発点の1曲目を何にするか? そこで素直に、今、最も自分の心の中を占めている歌手の話から始めることにする。チャールズ・ブラッドリー(Charles Bradley)だ。彼の訃報がショックで、ファンとしてとてもつらい。1度でいいから生で聴きたかったその遅咲きの苦労人ソウル・シンガーの、我々の知る素晴らしき晩年の活動に敬意を表し、トライアスロンのスタートはチャールズ・ブラッドリーの3作目にして遺作となった2016年のアルバム『Changes』のタイトル曲に決めた。2013年《Record Store Day》のブラック・フライデー向けに1000枚だけ7インチ・シングルが作られたその曲が、ブラック・サバスのカヴァーであることを知っていたからだ。しかし、そこから先がどうなるかは一切ノー・アイディアで走り始めた。

Charles Bradley『Changes』
Title

Changes

Artist
Charles Bradley
Album
Changes

思うに、チャールズ・ブラッドリーは、ここまでの2010年代、個人的に最も楽しませてもらった、かつ愛した歌手だ。2012年のドキュメンタリー映画『Soul of America』もYouTubeで観て欲しい。ジェイムズ・ブラウンJr.としてJBの物真似ショウで口を糊しながらチャンスを窺ってきたブラッドリーが、ようやく2011年、62歳でファースト・アルバムをリリースできることになった当時の静かなる、しかし沸き立つ高揚を記録している。

そして生前最後の音源となったのはおそらく、今年17年、ボンベイ・バイシクル・クラブ(Bombay Bicycle Club)のジャック・ステッドマン(Jack Steadman)によるソロ・プロジェクト、Mr Jukesが7月に出したアルバム『God First』からの先行曲「Grant Green」での客演だろう。その熱唱の素晴らしさが今も涙を誘う。彼は最後の最後まで、口からはらわたが出そうなぐらいシャウトしまくった。

そのブラック・サバスの知られた原曲も、オジー・オズボーンのヴォーカルが素晴らしい、切なくも美しいバラードだ。

Black Sabbath『Vol.4』
Title

Changes

Artist
Black Sabbath
Album
Vol.4

1972年のアルバム『Vol.4』に入っていた曲だが、そのアルバムのジャケを、チャールズ・ブラッドリーも同曲のヴィジュアルでパロっている。

Charles Bradley『Changes』
Title

Changes

Artist
Charles Bradley
Single
Changes

ブラック・サバスは、そもそもそのバンド名自体がカヴァーオロジー(カヴァー学)的に興味深い。イタリア人映画監督マリオ・バーヴァの1963年作品『I tre volti della paura(恐怖の3つの顔)』は3話から構成されるオムニバス作品だが、その英題に『Black Sabbath(黒い安息日)』が充てられ、彼らがそれを拝借したからだ。その映画は、日本では『ブラック・サバス~恐怖! 三つの顔』と題された、スプラッター以前の、すなわち有機物の飛散が必要最小限に抑えられているオレ好みの正統的古典ホラー名作である。たとえ超自然的なことが起きようと、あの時代のクラシカルな銀幕美女が絶叫しまくるその恐さの質は、正しきサイコ・ホラーのそれだ。

散歩、買い物などでよく前を通る、世田谷区代田の《ANALOG》というバーのファサードに、Hi-STANDARDの18年ぶりとなるフル・アルバム『THE GIFT』のポスターが貼ってあるのを先日目にしてハッと思い出した。ハイスタも「Changes」をやっていたではないか!

Hi-Standard‎『Making The Road』
Title

Changes

Artist
Hi-Standard
Album
Making The Road

もちろん、彼ら流の“ショート、ファスト&ラウド”なパンク仕立てになっていて、すこぶるやかましいのに哀感をそそる絶品だ。ハイスタは英語のポップスをパンキッシュにカヴァーするそのセンスが魅力のひとつだが、最近なら昨(16)年末の、シュプリームス有名曲カヴァー「You Can’t Hurry Love(恋はあせらず)」の2分に満たないカヴァーもよかった(オフィシャル・ヴィデオのスパンコール・ドレス姿もチャーミングだ)。

Hi-Standard『Vintage & New, Gift Shits』
Title

You Can’t Hurry Love

Artist
Hi-Standard
Album
Vintage & New, Gift Shits

この1966年《モータウン》レーベルの大名曲「You Can’t Hurry Love」のカヴァーは、フィル・コリンズの大ヒットを始め多数存在するが、特にロカビリー・マナーでやっつけたストレイ・キャッツのヴァージョンが好きだ。1981年のシングル「Rock This Town」のB面に入っていた。

Stray Cats『Rock This Town』
Title

You Can’t Hurry Love

Artist
Stray Cats
Single
Rock This Town

適度に力が抜けて始まり、静かに調子を上げていき、間奏のギターがさりげなくバツグンで、最後まで聴くと思わずカーッと身体が熱くなっている。

同曲のカヴァーで、日本ではほぼ忘れ去られてしまった珍品がフランスの大スター、クロード・フランソワ(Claude François)の「Une fille et des fleurs(花束と女の子)」(1972年)だ。

Claude François『Le Lundi Au Soleil』
Title

Une fille et des fleurs

Artist
Claude François
Album
Le Lundi Au Soleil

地中海に臨む南仏で芽生えた、夏のヴァカンスの恋。しかし必ず夏は過ぎ、はつらつと華やぐ彼女は去っていき、ぼくは涙に暮れる、という、夏の終わりを題材に取ったよくあるタイプの曲になっている。オリジナルのシュプリームス版は、「恋はあせらず、相手とじっくり時間をかけて信頼を育むものなのよ」という母親の教えを噛みしめる娘が主人公の、さらりと教育的な歌なのだが、それがなんと、ヴァカンス地でひと夏の恋を謳歌し、新学期が始まる頃にキラキラしながら(おそらくパリに)戻っていった女の子を思い出してグジグジする男子の歌になってしまっている。

歌詞を外国語に移し替えた翻訳詞によるカヴァーではなく、曲の内容を完全に書き換えたこうした外国語の替え歌ヴァージョンが、昔は今よりずっとたくさんあった。その最たる例が、それこそこのクロード・フランソワの「Comme d’habitude」が、アメリカで「My Way」になってしまったおぞましい転身である。

Title

Comme D’habitude

Artist
Claude François
Album
Comme D’habitude

「コム・ダビテュード」は“いつものように”という意味で、朝、いつものように起きない妻をベッドに残し、いつものように独りでコーヒーをすすり、いつものどんより曇った空の下を出勤し、職場ではいつものようになんとか社交性を絞り出して勤めを事務的にこなし、夜帰宅すると、いつものように妻は出かけていて不在で、いつものように独り冷たいベッドに潜って妻の帰りを待ち、帰ってきた妻といつものように微笑みを交わし、形だけのセックスをし・・・一応夫婦の体裁をそれらしく取り繕って日々を送っている夫の自嘲めいた独白のはずが、曲の後半でその心の内が堰を切ったように溢れ出てきてしまうという悲しくも繊細でエモい曲だ。が、これがアメリカでは、つまりポール・アンカがフランク・シナトラのために書いた歌詞では、人生を悔いなく自分の思うように走り続けてきた、自信と満足感に満ちた老年の男が、自分の生き様を誇らしく振り返り、歌い進むほどに悦に入って、またもや活力をモリモリ取り戻す大仰な自己賛美の歌になってしまった。

「My Way」にはエルヴィス・プレスリーやトム・ジョーンズを筆頭に大変な数のカヴァー・ヴァージョンがあるが、特に曲の後半、勝手に感極まって全身の穴という穴から脂ぎったオヤジ汁をぶちまけるタイプの歌なんかを聴くと心底ゲンナリしてくる。昔から例外的に愛してる「My Way」は、1980年のニナ・ハーゲン(Nina Hagen)のヴァージョンだ。

Title

My way

Artist
Nina Hagen
Single
My way

これは永遠にイカすし、文句なくかわいい。1番の歌詞はシナトラ版と同じ英語詞で、「もうすぐ終わりの時が来る。わたしは自分の道を歩いてきた」と歌う。が、この東ドイツ出身のパンク・ロッカーが作る2番以下のドイツ語詞はまるで違う。ベルリンを、壁と有刺鉄線を張り巡らせたクソの街と罵倒し、東ベルリンの困窮を訴え、資本主義の矛盾と欺瞞をシニカルにぶった切る。恰幅と色つやのいいオッサンの人生の終わりの歌ではない。この世の終わり、ノー・フューチャーの歌なのだ。

そのニナ・ハーゲンで思い出したのが、“コペンハーゲン”と“ニナ・ハーゲン”で印象的な韻を踏んでいたMCソラー(MC Solaar)の最近の名曲「Marche ou rêve」だ。これは2011年、レゲエを核に、あらゆるエレクトロ・サウンドを組み合わせる独特の創造性で売るフランスのトラック・メイカー、トム・ファイアー(Tom Fire)の自己名義アルバム『The Revenge』の1曲、クールなエレクトロニカ・レゲエに乗ったラップ・チューン。

Tom Fire『The Revenge』
Title

Marche ou rêve

Artist
Tom Fire
Album
The Revenge

リリックスは、北朝鮮の美しい海辺で陽に焼けた女性たちがスポーツをしている情景に始まり、ピョンヤン、バマコ(マリ)、トレヴィル(フランス)、渋谷(日本)、ヴェスヴィオ火山(イタリア)、ウヴェア島(ニュー・カレドニア)、アムステルダム、韓国…と、想念が軽快にワープする白日夢のようでいて、その実、啓示文学のような重々しい緊張感がある。この曲に出てくる地名の中で例外的に繰り返されるのが〈北朝鮮〉と〈ピョンヤン〉だ。

〈ピョンヤン〉といえば、ブラー(Blur)の2015年の目下最新作『The Magic Whip』にズバリ「Pyongyang」

Blur『The Magic Whip』
Title

Pyongyang

Artist
Blur
Album
The Magic Whip

という曲があった。デイモン・アルバーンは実際に2013年に北朝鮮を訪れ、英《NME》のインタヴューで、「オレは北朝鮮にあることを調べに行き、そこで素晴らしい時間を過ごした。誰もが魔法にかかっているという意味では、そこは魔法の王国のようだった。是非再訪したい」と語っていた。この「Pyongyang」は、抽象的な表現に甘美な物悲しさと不穏が漂う。MCソラーは、言葉遊びを駆使し、陽の当たる場所を描くことで日陰の闇に思い至らせる。日本政府はまさか拉致問題を放棄などしてはいないだろうし、水面下で取り得る策は取っているのだろう。しかしその一切は“ブラック・ボックス”であり、国民はその、どちら向きに進んでいるのかすら皆目見えない深い闇を前に、ただ茫然と、毎日心を痛め続けることを強いられている。その異常さは、国民全員で分かち合うことで薄まるようなものではないし、オリンピックや万博で紛れるものでもない。(つづく

Cover Triathlon Ep.0 Playlist
1. Charles Bradley「Changes」
2. Black Sabbath「Changes」
3. Hi-Standard「Changes」
4. Hi-Standard「You Can’t Hurry Love」
5. Stray Cats「You Can’t Hurry Love」
6. Claude François「Une fille et des fleurs」
7. Claude François「Comme D’habitude」
8. Nina Hagen「My Way」
9. MC Solaar, Tom Fire「Marche ou rêve」
10. Blur「Pyongyang」

 

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