小渕晃
feature #029

小渕晃

Our Covers#018で「シティ・ソウルな異文化間カヴァー」をテーマに選曲していただいたエディターの小渕晃さんは、これまで3冊のディスクガイドを刊行しています。2020年の冬に『シティ・ソウル ディスクガイド』の第2弾が出ると聞き、編集作業が一息ついたタイミングを狙ってリモート・インタビュー。

15 Sept. 2020

eyeshadow (以下E): 小渕くんと出会ったのはレコードショップCISCOのスタッフとして働いていた時でした。それまではどんな仕事をしていたんですか?

小渕晃 (以下K): 音楽業界誌の『ミュージック・ラボ』という『オリコン』のようなチャート雑誌の編集部でアルバイトをしていました。

E: 当時はどんな音楽を聴いていましたか?

K: ちょうどブラック・ミュージックを聴き始めた頃でした。クラブ・ミュージックが日本でも流行りだしていて、自分の興味もクラブ系に移っていったので、その流れでCISCOに入りたいと思ったんです。
元々音楽雑誌の『rockin’on』を好んで読んでるような大学生だったんですけど、スタイル・カウンシルとか、マンチェスターもの、プライマル・スクリーム、そういったバンドがどんどんダンス・ミュージックと融合していったんですよね。「カーティス・メイフィールドは神様」みたいなことを多くのアーティストがインタビューで言うので、まずはカーティス・メイフィールドを聴いてみるという感じでした。

E: 確かにロックからクラブ系、ブラック・ミュージックを聴き始めた人が多い時代でしたよね。その後にCISCOへ入って一番聴いていたのは何ですか?

K: CISCO渋谷店がヒップホップ王国だったので、すぐに興味はヒップホップへ移りました。ア・トライブ・コールド・クエストがルー・リードの曲を使ってたりしてたじゃないですか。そういったものを聴いて、「ヒップホップは面白い」ってどんどんハマっていったんですよね。最初はサンプリングがすごく大きかったです。

E: CISCOを辞めて、その後は音楽専門雑誌の『Black Music Review』(以下bmr)に入ったんですよね?

K: はい。ヒップホップの担当ということで編集部員として入社しました。

E: もう小渕くんの強みはヒップホップになっていたんですね。

K: その当時、ソウルはもっと詳しい方がいましたし、最初からヒップホップをやりたかったっていうのもあるんですけど。

E: 10数年間の編集部員時代で印象深いことがあれば教えてください。

K: 1997年から2005〜6年くらいまでがヒップホップが一番売れた時で、来日するアーティストがとにかく多くて…トライブから始まって、ギャング・スター、ピート・ロック、ウータン・クラン、スヌープ・ドッグと、毎月のようにアーティストにインタビューすることが出来て、それが本当に面白くて良い時代でしたね。

E: 羨ましい。

K: アーティストを直に見れたっていうのはとても面白かったですし、音楽自体も世界的に勢いがあった時でしたしね。

E: インタビューしたアーティストはどれぐらいの数になりますか?

K: 僕は編集なのでインタビュアーの付き添いが多かったんですけど、そうですね…15年間で100以上とか、それぐらいの数になりますね。当時日本に来たヒップホップのアーティストほぼ全部と言っていいと思います。誰か来たら必ず取材させてくれって言っていたし、出来る環境でしたので。

E: 今でも思い出すような一番印象に残ってるアーティストは誰でしょう?

K: カニエ・ウェストですね。カニエは最初から態度が悪くて、もうずっとパソコンの画面を見ながらしか喋ってくれなくて。全く僕の方を見ないで答えてるような感じで、コノヤローと思ったんですけど(笑)。カニエの曲が大好きだったので、会えて嬉しかったんですけどね(笑)。

E: その後に小渕くんは編集長になって、2017年に『ヒップホップ・ディフィニティヴ 1974-2017』が小渕くんの個人名義で刊行されていますが、これは『bmr』を辞めてから?

K: そうです。『bmr』を2010年に辞めまして、音楽の仕事はもう難しいなと思って一般の仕事に就いたんですね。それから『ヒップホップ・ディフィニティヴ』を2017年に出すのですが、この頃からまたレコードが売れ出してきたんですよね。それでお話をいただいて、書かないかと。『ele-king』をやってらっしゃる野田さんという『bmr』時代にライバル誌だった方に書いてくださいと言われて。

E: この本は全部小渕くんが書いた?

K: 全部書きました。この〈ディフィニティヴ〉シリーズは、基本的に1〜2人で書くというコンセプトなので。

E: 正直、これだけ掲載枚数があって辛くなかったですか?

K: めちゃめちゃ楽しかったですよ(笑)。3ヶ月くらいで全部書いたかな。7年間ブランクがあったので嬉しさしかありませんでした。逆に言うと、7年離れてなかったら1人では書けなかったでしょうね、辛くて(笑)。まだ普通に買えますので、よろしければ手に取ってもらえればと思います。

E: 『ヒップホップ・ディフィニティヴ 1974-2017』の次に今度は『シティ・ソウル ディスクガイド』を出しましたね。こちらはどういうきっかけで? ヒップホップと全然違うジャンルですよね。

K: これはですね。僕、CISCOに入ったのが1993年だったんですけど、その頃から80年代の音楽って時代遅れになっていたんですよね。レア・グルーヴ、フリー・ソウル、ヒップホップ、あとはディアンジェロなどのネオ・ソウルばかりで、ニュー・ジャック・スウィングのような音はもう急速に古臭く聴こえるようになって。
それが2010年代に入って、今度は80年代が格好良いって風潮になりましたよね。それが僕にとってものすごく衝撃的だったんです。

E: そんな風に潮目が変わったきっかけって何だったんでしょうね。

K: じわじわと来てたとは思うんですけど、決定的だったのはダフト・パンクの2013年のアルバム『RANDOM ACCESS MEMORIES』だと思います。彼らはナイル・ロジャースを連れて来ましたよね。
その前後では2010年のデイム・ファンクも新しかったし、タキシードなどのブギー、ヴェイパーウェイヴもありましたが、あともうひとつは、日本では〈シティ・ポップ〉が流行ってきたじゃないですか。

E: うんうんうん。

K: 20年ぶりぐらいでトレンドが大きく変わったんだなって思ったので、80年代の音楽をもう1回改めて紹介したいと考えました。
この時もヒップホップの影響が大きいんですよね。ヴェイパーウェイヴもサンプリングだし、あのスローなテンポ感って、例えばテキサスのヒップホップと同じだから、やっぱりヒップホップも地続きなのかなという思いもあって、ヒップホップの目を通して、80年代を再評価しないとダメなんだというか、やるべきだと思いまして、それで『シティ・ソウル ディスクガイド』を書いたんです。

E: 〈シティ・ソウル〉ってキーワードは造語?

K: いえ、レコード屋さんでは使われていました。タワーレコードさんとかコメントに書いている方もいらっしゃったり。

E: 小渕くんの捉えてた〈シティ・ソウル〉と同じニュアンスで使われていた?

K: 同じですね。都会の感覚、分かりやすく言うとオーティス・レディングのようなディープ・ソウルではなく洗練されている感じです。ボーカルも歌い込むんじゃなくてクールな。

E: それが〈シティ・ソウル〉の定義?

K: 定義としては、洗練とクロスオーヴァーですね。ソウルにジャズが入っていたりとか、ロックにソウルが入っていたりとか、〈音楽マニアが作る音楽〉と僕は捉えています。

E: 〈シティ・ポップ〉と混同されることもよくあるのでは?

K: 〈シティ・ポップ〉というと、あまりにも山下達郎、大滝詠一のイメージが強すぎて、洋楽のディスクガイドに〈シティ・ポップ〉とタイトルを付けると混乱してしまうだろうなと思いました。ちなみにこの本のサブタイトルは「シティ・ポップと楽しむソウル、AOR &ブルー・アイド・ソウル」です。

E: 〈シティ・ポップ〉の中に〈シティ・ソウル〉が存在するという意味? それとも並列?

K: どちらかというと並列ですかね。

E: 『ヒップホップ・ディフィニティヴ』とは違って、この時は小渕くんが一人で書いているわけではないんだよね?

K: はい。まず半分くらい僕が選曲をしました。ちなみに『シティ・ソウル ディスクガイド』はアルバムガイドではなくて、曲ガイドなんです。アルバム中1曲でも良ければOKって判断基準で選んでいます。僕がまずそういう基準で半分だけ選んでライターさんにお渡しして、このリストに入ってないもので、クロスオーヴァーで洗練されている、今聴いて面白いと思う曲を挙げてくださいとお願いしたものになっているので、選曲の半分は僕、半分は皆さんになります。

E: 『シティ・ソウル ディスクガイド』と連動したプレイリストをSpotifyで公開していますね。

K: 全部で6〜7回分のプレイリストを本の発売に合わせて更新して、最後に更新終了を告知して、全部を繋げてもらって今もSpotifyに置いてもらっています。この本に載ってるものプラスアルファですね。結構すごい曲数で、245曲、17時間あります。

E: 他にも本のプロモーションのために違う分野とリンクしてやったことはありますか?

K: 《Pヴァイン》から『City Soul』というタイトルでCDを出してもらいました。

E: あー、そっかそっか。まだ売ってるもんね。

K: はい、売ってます。今、2枚出てます。

E: 年末に『シティ・ソウル ディスクガイド』の第2弾が出るわけだけど、第1弾でやり足らなかった事とか、もう少しああしておけば良かったなとか、発売してから後悔したことはありましたか?

K: いえ、後悔というようなのはなくて、第1弾は自分がやりたかったことが100%出来たなって、すごく嬉しかったんです。
やり残した事は全然ないのですが、第2弾で新たにやりたかったのは、世界的な〈シティ・ポップ〉のブーム、クロスオーヴァーなポップスのブームの流れでいい曲がどんどん出ているので、それを紹介したいというのがあって、第2弾では最近の曲の割合が多くなっています。
もうひとつは第1弾については基本的にみんなが知っている曲を改めて〈シティ・ソウル〉として打ち出した感があるんですけど、当然他にもマニアックなものはたくさんあるので、第2弾に関しては新旧マニアックなものが多くなるかと思います。

E: カヴァー曲はどれくらい載せる予定ですか?

K: カヴァーはそれほど多くなくて、600の内の20枚位ですかね。中でもボズ・スキャッグスの「Low Down」のカヴァー曲を多く入れています。

E: 多くというのは「Low Down」のカヴァーを複数載せるということ?

K: 3アーティストくらい載せます。70年代、80年代、90年代みたいな感じで。

E: カヴァー・コーナーみたいにまとめて紹介するのかな?

K: そこまではないので、他のレコードと同じ扱いです。

E: じゃあ読んでる人が、ああこの曲また出てきた、また出てきたみたいな。

K: そうですね、面白いかなと思うんですが(笑)。 「Low Down」が入っているボズ・スキャッグスの『Silk Degrees』って「AORの始まり」と言われているアルバムなので「Low Down」は〈シティ・ソウル〉の象徴みたいな曲だと思っているんですね。〈シティ・ソウル〉の始まりの1曲と言ってもいいのかなと。

E: なるほど。それは世界的な評価でもあるのかな。

K: はい。もちろん〈シティ・ソウル〉とは言わないのですが、クロスオーヴァー・ソウルと言ったら「Low Down」が真っ先に挙がる曲なので、それだけパワーもあるのだろうなと思うんですよね。ただ単に曲が良いというのもあるし、これが始まりの1曲だよねっていうみんなの思いもあって、特別な曲にしているんだと思いますね。「Low Down」に関してはそういう風にカヴァー曲を出しても面白いかなって。

E: 発売予定日は?

K: 2020年12月23日です。

E: ギャングスタ・ラップのディスクガイドが最近出ましたね。

K: はい、『ギャングスタ・ラップ ディスクガイド』です。

E: 『ヒップホップ・ディフィニティヴ』と同じく一人で書いたの?

K: 私一人で書きました。全部年代順に並べてるんですね。始まりから、現在までを年代順に並べて、順に読んでいくと歴史が解る本にしたくて。そうすると、大勢の人で書いてしまうと、ちょっと解りにくくなってしまうかなというのも一人で書いた理由なんです。

E: トーンを統一したいということ?

K: 歴史を追う本なので、一人の視点で書いていった方が解りやすいというのが一番大きいですね。

E: しかしこれだけの量を書いたら、言い回しが枯渇しないですか?

K: します(笑)。正直に言って、ギャングスタ・ラップに関しては様式美の音楽でもあるので、似たような褒め方しかできなかったり。同じ言葉じゃねーかと言われても致し方ないです(笑)。例えばサンプリングしてたらネタの曲名とかを書けばいいわけですけど、最近の曲に関してはトラックはほとんど打ち込んでいるだけなので、あのビ ートを言葉で説明してもしょうがないなというのもあって結構難しいです。

E: 今後のディスクガイドはどういう役割を担っていくと思いますか?

K: 若い人達に手に取って欲しいですね。洋楽を聴いて欲しい。放っておくと誰も洋楽を聴かなくなっちゃうだろうなという危機感があるので。
ネットというのは情報がバラバラになってしまうところがあって、手に取ることが出来て全部まとまってるのは使い勝手がいいんですよね、カタログとして。
ディスクガイドを片手に持ちながら、YoutubeなりSpotifyでも、どんどん聴いていくスタイルっていうのが個人的にも使い易いですし、ディスクガイドを片っ端から買って、そういう聴き方をするタイプなので。自分で探そうと思ったら大変なんですよね。2000円前後で、こうやっていい音楽と出会えたらディスクガイドって安いなと思うんですよね。まあ自分が作ってるから言うんですけど(笑)。

E: 今後、こういうディスクガイドを作ってみたいという夢はありますか?

K: 来年は「良い音のレコード」を紹介する本を書いてみたいなと思っています。レコードの聴こえ方なんですけど、音に関してはオーディオ・マニアの方による紹介本がたくさんありますが、圧倒的にジャズが多くて、ヒップホップやシティ・ソウルでやってる方はあんまりいらっしゃらないので。僕もレコードしか基本的には聴かない人間ですし、これだけレコード・ブームになってきて、もうちょっとレコードの音自体の面白さを本に出来ないかなって考えています。

E: 小渕くん自身はオーディオ・マニアじゃないの?

K: 僕は高校生の時に買ってもらったスピーカーを30年間使い続けています。なので全然マニアックじゃないんですよね。でも例えば、ドクター・ドレーの『2001』っていうアルバム、僕はこれがヒップホップで一番いい音だと思っているのですが、このサウンドの良さは違うジャンルの方でも楽しめると思うんですよね。

E: それは面白い。

K: 例えばレゲエでもめちゃめちゃ面白い音がするレコードとかあるじゃないですか。でも普段ジャズを聴いてる方は全く知らないと思うんですよね。そういうのをわざとごちゃ混ぜにして、一冊の本にまとめたら面白いんじゃないかなと思っています。
みんな言葉にしないだけで、結局いい音のレコードを聴いているし、売れていると思うんですよ。マイケル・ジャクソンの『スリラー』が世界一いい音のレコードだと思ってるんですけど、単純に世界で一番いい音のレコードが一番売れている。『スリラー』や大滝詠一さんの『A LONG VACATION』が一冊の本に載ってたら面白いんじゃないかなと。

E: これもディスクガイド形式で?

K: エッセイっぽい方がいいのかなって思っていますが、まだその辺は考え中です。出してくれるところがあるかどうか分からないですし(笑)。でもウェブじゃなくて、やっぱり紙で出したいですね。

Profile
TOWER RECORDSアルバイト、CISCO勤務を経て、月刊誌『bmr(ブラック・ミュージック・リヴュー)』編集〜編集長。現在はCity SoulとHIPHOP仕事など。編著書『シティ・ソウル ディスクガイド』『HIP HOP definitive 1974-2017』『ギャングスタ・ラップ ディスクガイド』他。
https://twitter.com/akirakobuchi
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