30 年ほど前、FM 大阪でアジア・ポップス &ワールドミュージックを紹介する番組の選曲と出演を、本放送とネットラジオで担当させてもらった。始めた当時は〈K-POP〉 と言う呼び方もない時代で、密かに好き者たちが韓国や台湾、香港、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアといったアジア諸国に行ってはカセットやCDを買いあさって帰るという時代で、公共の電波でそれらの曲を紹介する時に、親しみやすさとちょっとした驚きを感じてもらうために、日本の曲や欧米の有名曲カバーを探してオン・エアーする事もかなりありました。
僕自身も色んな国に出かけた折々にラジオやショップで耳にしたカバー曲を聴いて、その地域の独特のスタイルによるポップスたちにのめり込んでいった記憶があります。そんな僕自身が聴き親しんだ、時代とともに生まれたカバー曲も含む大好きな作品を、初心者の方を意識して比較的入手可能な70’s ~90’s から選びました。
Title
O Malandro
Artist
Chico Buarque and MPB4
Original
Bertolt Brecht and Kurt Weill - Die Moritat Von Mackie Messer
このアルバムは1978年にブラジルのSSW、シコ・ブアルキが脚本、音楽を手掛けたミュージカル劇の2枚組のサントラ盤で1曲目がブレヒト作の戯曲『三文オペラ』のご存知クルト・ヴァイルが手掛けたあの曲を、サンバとファンキーなロック調でカバーしたナンバー。まさに主人公マック・ザ・ナイフのイメージにピタリはまった名カバー曲。
Title
CHATTANOOGA CHOO CHOO
Artist
細野晴臣
Original
Glenn Miller and His Orchestra - Chattanooga Choo Choo
言うまでもなく1975年に出た奇跡の1枚です。カバー曲はグレン・ミラー楽団で有名な「CHATTANOOGA CHOO CHOO」のみ。僕が言うのもおこがましいですが、このアルバムの1曲目を飾るために作られたと言っても過言ではないほどの素晴らしいカバー曲です。以前、細野氏がラジオ番組で「マーチン・デニー氏の音楽を聴いて解放された」と言ったような事をおっしゃっておられましたが、僕は10代でこの作品を聴いて世界〜アジアへのイメージが大きく広がりました。
Title
C'Est Si Bon
Artist
高橋ユキヒロ
Original
Jacques Hélian - C'Est Si Bon
Eartha Kitt - C'Est Si Bon
前述のシコ・ブアルキの作品と同年に発表されたユキヒロ氏のデヴュー作ですが、個人的には10代の頃、ジャズ、ボサノヴァ、サンバ、ラテン、レゲエなどの雰囲気をつかんだ僕にとってのとても大事な一枚。中でも1953年にヒットしたアーサー・キットの「C'Est Si Bon」(セ・シ・ボン)のカバーは前述の多彩なスタイルをMIXして見事に彼の世界を演出した名カバー曲です。
Title
Stardust
Artist
Willie Nelson
Original
Bing Crosby - Star Dust
数あるカバーアルバムの中で最も好きな1枚で1978年作。年齢を重ねた彼のいぶし銀のような歌声に、ご存知ブッカー・T・ジョーンズによるとてもシンプルなアレンジ、プロデュース。何も言うことはありません。
Title
Rasa Sayang
Artist
Dick Lee
Original
Traditional Folk - Rasa Sayang
最初にアジアへ耳が向いたのは1981年に出たスネークマン・ショーの2作目『死ぬのは嫌だ、恐い。戦争反対!』に収録されたSu'udiah「Bunga Dahlia」を聴いてインドネシアのダンドゥットを知り、何10回もインドネシアに通うはめに。
その後、東南アジアの伝統的でありながらポップなセンスを持ち合わせている曲達に出会うきっかけになったのが1989年の本作で、冒頭の「ラサ・サヤン」というマレーシア周辺で有名な、元来パントゥンという韻を含んだりする伝統形式で歌う民謡をヒップホップで、またインドネシアのクロンチョンの名曲ブンガワン・ソロをクラブサウンドでアレンジするといったアイディアが満載! 今こそ聴いてほしい1枚です。
Title
Santai
Artist
campur DKI
Original
Rhoma Irama and Rita Sugiarto - Santai
2020年にEP盤で再発された久保田麻琴氏とジャカルタの名演奏家達によるスペシャルチーム「campur DKI」がインドネシア生まれのダンスビート〈ダンドゥット〉をアップデートさせて1990年に発表した前作からは、ラテンの名曲で日本でも西田佐知子やザ・ピーナッツが歌った「コーヒールンバ」を大胆なアレンジでカヴァーした「コーヒー・ダンドゥット」が当地でヒット。そんな彼らが「Play That Funky Music」や「Ring My Bell」と言ったナンバーをタイトル通りダンドゥットマナーのファンキーさでカバーした1991年2作目がこれで、中でも元々ファンキーなロマ・イラマ氏のインドロック・ダンドゥット超名曲「Santai」のデジタル・ダンドゥット・カバーのカッコよさと言ったらたまりません。
Title
Lambada
Artist
มาซีเต๊าะ บูดี (Masitoh Budi)
Original
Kaoma - Lambada
南タイのマレー系シンガーの1991年作で、恐らくテープのみの発売。いきなり世界的ヒットとなったカオマの「ランバーダ」をマレー語でカバー。かなりユニークな楽しいカバーアルバムで、他にもインド映画1981年のヒット作の「ksbhi kabhi」から、渡辺マリの「東京ドドンパ娘」までカバーしています。
Title
Larut Malam
Artist
Sheila Majid
Original
Saloma and Pancha Sitara - Bila Larut Malam
今でいうシティポップ、ジャズフュージョン的バックで歌うマレーシアの国民的歌手で国際的にも活躍する女性歌手シーラ・マジッドの1990年の代表作。
タイトルの「Legenda」とはマレーシアを代表する作曲家、シンガー、映画監督でアクターでもあったP.ラムリー氏を表し、マレーシアの人々に今も愛されている彼のナンバーを90年代初期のサウンドでカバーした、マレーシアポップスの歴史的名盤です。P.ラムリーのナンバーは日本人にも共通する哀愁感があり、それを親しみやすくマレーシアトップクラスのミュージシャンが安定したテクニックでバックアップ。欧米以外のAORやシティポップに興味のある方にも是非聴いていただきたい作品です。
Title
沙沙的雨
Artist
倫永亮
Original
Neil Sedaka - Laughter in the Rain
香港の代表的SSWアンソニー・ロンの1993年作。香港の中国返還まで4年、
広東語の響きとコーラスが美しいニール・セダカの名曲「Laughter in the Rain」の広東語カヴァー「沙沙的雨」がとても印象的で、どこか妖しく、華やかで、わくわくする香港の街が輝いていた時代を思い出します。
Title
三十度
Artist
劉美君
Original
Antônio Carlos Jobim - The Girl from Ipanema
独特の雰囲気を持つ人気女性歌手プルーデンス・ラウのジャズアルバムで、香港を代表するジャズ・ギタリストのユージン・パオが中心となって制作。冒頭でパット・メセニーとの共作で日本でもヒットしたイスラエルの女性SSWのNoaの「It's Obvious」、マレーシアのトップシンガー、先に御紹介したシーラ・マジッドの「Legenda」、アントニオ・カルロス・ジョビンのボサノヴァ名曲「イパネマの娘」を「三十度」とタイトルを変え広東語でカバーなど、ボサノヴァを始め全体にECM的な深遠なジャズ風でまとめ、当時の香港では受けない〈渋い広東語ポップ〉として一部の音楽好きに支持されました。
Profile
80年代初期から大阪の中古盤店にて働きアジア各国、ブラジルなどに買い付けを重ね、2000年からplantationを主宰。90年代中心にラジオ番組制作や《MUSIC MAGAZINE》、《Latina》などの音楽誌にも寄稿。