宮本剛志
Our Covers #075

宮本剛志

ライター / バイヤー

アルゼンチン音楽を中心にTwitterで紹介しつつ、たまにライター、本業はワールドミュージックのバイヤーをやっている宮本です。カヴァー曲を10曲紹介するということで、やはりアルゼンチン音楽から選びました。

Treaty
Title

Treaty

Artist
Cande y Paulo
Original
Leonard Cohen - Treaty
アルゼンチンは主にヨーロッパ移民による多民族国家で、文化もヨーロッパ的ではありますが、音楽においてはフォルクローレという汎南米由来の民族音楽が盛んな国です。フォルクローレでは、もちろん新曲も日々作られていますが、誰かの曲をカヴァーするということがごく当たり前であり、アルバムをカヴァー曲だけで構成するということも稀ではありません。また、特にそれがカヴァー・アルバムだと特筆されるものでもないのです。その中でも、アルゼンチン北西部サン・フアンで活動するコントラバス奏者、歌手のCande Buassoと鍵盤奏者Paulo Carrizoによるデュオ、Cande y Pauloが世界的デビューを果たしたことは驚きでした。彼女たちはYouTubeで、アルゼンチンのみならず南米を代表するロック・スター、ルイス・アルベルト・スピネッタ(Luis Alberto Spinetta)「Barro tal vez」のカヴァー動画を2017年にアップ。その動画が1000万回再生を超えたことで注目を集め、ついにはJoni MitchellやHerbie Hancockのプロデュースで知られるベーシスト、プロデューサー、Larry Kleinの元、名門Deccaと契約。2021年に待望のデビュー作を発表しました。ここで選んだのは、そのアルバムの冒頭曲で、カナダを代表するSSW、Leonard Cohenの最晩年、2016年に発表された『You Want It Darker』収録の「Treaty」です。今作ではアルゼンチンのフォルクローレを代表するギタリストで作曲家のAtahualpa Yupanquiから、デビューのきっかけとなった「Barro tal vez」というアルゼンチンの音楽のみならず、ジャズ・スタンダードからブラジル音楽、The Velvet UndergroundからFeistまでカヴァーしています (日本盤ではボーナストラックとして梶芽衣子「修羅の花」をなんと本人参加でカヴァーも!)。アルゼンチンのカヴァー文化を紹介するうえで、これ以上の作品はないかと思い、最初に選んでみました。
Milonga Gris
Title

Milonga Gris

Artist
Magos Herrera & Brooklyn Rider
Original
Carlos Aguirre - Milonga Gris
続いての1曲は、アルゼンチンの現代フォルクローレを代表する音楽家、Carlos Aguirreが2006年に発表した名曲「Milonga gris」のカヴァーです。というのもこの曲は、国境を越え、アルゼンチンの現代曲でもっとも世界でカヴァーされている曲のひとつだからです。この曲を有名にしたのは2011年のTatiana Parra & Andrés Beeuwsaertによるカヴァーだったのだと思います。現代ブラジルを代表する歌手Tatiana Parraによるスキャットと、アルゼンチンを代表するフォルクローレ・グループ、Aca Seca Tríoの鍵盤奏者、 Andrés Beeuwsaertによる叙情的かつ正確無比な打鍵によるカヴァーが原典以上にその後のカヴァーの形式に影響を与えていると思われるからです。その後、「Milonga gris」はブラジル音楽やアルゼンチン音楽にも傾倒するイスラエル出身でNYで活動するギタリスト、Yotam Silbersteinが2016年作『The Village』でカヴァーするなど、世界中でカヴァーされるに至ります(その後Yotam はなんと2020年にはCarlos Aguirreとのデュオ作『En el jardín』を発表)。ここで選んでいるのは、アルゼンチン人ではない音楽家によるカヴァーです。メキシコ出身のジャズ・ヴォーカリスト、Magos Herreraが「インディー・クラシック」というタームでも紹介されるNYを拠点に活動する弦楽四重奏団、Brooklyn Riderと共演した1枚『Dreamers』(2018) に収録されています。今作も"Cuchi" LeguizamónからVioleta ParraといったフォルクローレからCaetano Veloso、João Gilbertoといったブラジル音楽までカヴァーした作品となっていますので、アルバムとしてぜひ聴いていただきたい内容ですね。
Carcará
Title

Carcará

Artist
5tracks
Original
Aca Seca Trío - Carcará
ここで選んだのは、先ほどの1曲で名前を挙げた、Andrés Beeuwsaertが所属するグループ、Aca Seca Tríoによる2006年作『Avenido』の冒頭曲「Carcará」をなんとファミコン時代の音源である8bitサウンドでカヴァーしてしまったというもの。もともとAca Seca Trío自体がカヴァー曲を主に演奏するグループで、この曲もオリジナルはJorge Fandermoleの1988年作『Primer Toque』に収録されているのですが、あくまでもAca Seca Tríoのカヴァー版のカヴァーという内容になっているので原曲はAca Seca Tríoとしました。フォルクローレと8bitのチープなチップチューン、一見すると食い合わせが悪そうに思えるのですが、聴いてみればAca Seca自身がギター、鍵盤、ドラムという編成、三声のコーラス・アレンジという最小限の要素で構成されているところで、3音+リズムというファミコン当時のサウンドに共通点を見出したのかと思わされました。内容的にも聴けば聴くほど、よく再現した! と言いたくなる謎のハイクオリティ。とはいえ今作、2020年にひっそりとBandcampでのみ公開されていましたが、現在は削除されており、公開当時ダウンロードした方しか聴くことはできない幻の作品となってしまっています。
Platónico
Title

Platónico

Artist
Ojo de Agua
Original
Gabi La Malfa - Platónico
もう1曲フォルクローレから。ブラジルのAndré MehmariやAntonio Loureiro、Rafael Martiniなどミナス新世代とも共振する室内楽アンサンブルが素晴らしいアルゼンチンはメンドーサで活動する器楽的フォルクローレ・グループ、Ojo de Aguaの2016年作『Ojo de Agua』に収録の、Gabi La Malfa のカヴァー「Platónico」です。Gabi La Malfaはアルゼンチンの無名のSSWなのですが、彼女の師匠であるEdgardo CardozoがAca Seca TríoのJuan QuinteroとデュオでリリースしたEdgardo Cardozo & Juan Quintero『Amigo』(2007) で「Platónico」をカヴァーしたことからこの曲は知られるようになっていきました。また2020年にはアルメニア出身でLAで活動するピアニストで作曲家、Vardan Ovsepianが前述のTatiana Parraとのデュオの最終作『Triptych』でカヴァーしたことからさらにこの曲の知名度は高まったことでしょう。話は戻りますが、Ojo de Aguaのアルバム自体もほぼ全てカヴァー曲で構成されており、Spinetta、Pedro AznarからHermeto Pascoal、Eduardo Mateo、Violeta Parra、Víctor Jaraなど南米各地の名作曲家による曲を高度な室内楽アンサンブルでカヴァーした絶品の1枚です。ぜひアルバムでお聴きください。
Libertango
Title

Libertango

Artist
Paralelo 33
Original
Astor Piazzolla - Libertango
アルゼンチンといえばタンゴという方もいらっしゃるでしょう。現代タンゴを代表する世界的音楽家Astor Piazzollaのカヴァー作はタンゴ、ジャズ〜クラシックなどジャンルを超え、数多く存在していますが、こちらはおそらく唯一の打楽器のみの編成によるカヴァー・アルバムからの選曲となります。Astor Piazzollaの生誕100周年だった2021年にリリースされた本作『Hora Cero』は、ティンバレス、パーカッション、マリンバ、ビブラフォンによるピアソラ・カヴァー作品で、着眼点としてはM'boom やUakutiといった打楽器のみのアンサンブルから影響されていると思われます。とはいえ、テーマだけ拝借したジャズ的なアンサンブルではなく、原曲を重視した細部までこだわった編曲が素晴らしい秀作です。
Viajando
Title

Viajando

Artist
Kai Peaks (feat. Halpe)
Original
亜蘭知子 - Midnight Pretenders
ここで1枚変わり種を。近年海外での評価や国内での再評価が高まっている日本のシティ・ポップですが、こちらは亜蘭知子の名曲「Midnight Pretenders」をスクリューし、ビートジャックしたアルゼンチンの若手ラッパー、Kai Peaksによる1曲。アルバムにはKevin Abstract「Silicon Valley」のビートジャックという正攻法のヒップホップ的なトラック使いもあり、亜蘭知子を選んだのはフィーチャリングされているトラックメイカー、Halpe(彼もアルゼンチン出身ですが、1998年生まれでリリース当時18歳)なのかもしれません。なんにせよ、2016年の段階でチョイスされていることに驚いてしまいます。
River Man
Title

River Man

Artist
Quinteto Quaker Trío
Original
Nick Drake - River Man
アルゼンチンはジャズも盛んな国ですが、ジャズ・スタンダードではない曲をあえて選んでみました。Nick Drakeの名曲をジャズ・クインテット+ヴォーカル+ストリングスによる正統派カヴァー。Quinteto Quaker Tríoというクインテットなのかトリオなのかもよくわからない名前の、無名のグループによる2012年作は隠れた良作として知られるべきかと思いご紹介します。この唯一作ではNick Drake、David Bowie、The Beatlesから、Luis Alberto Spinetta、Brad Mehldau、Esbjörn Svensson Trioまでと、なかなか珍しい組み合わせのカヴァー・アルバムとなっています。他にもアルゼンチンのジャズはなかなか変わったカヴァーが多いのですが、それはまた別の機会にご紹介できればと思います。
Vacío Abundante
Title

Vacío Abundante

Artist
María Pien
Original
Rodrigo Carazo - Vacío Abundante
アルゼンチンの中堅SSW、María Pienのカヴァー・アルバム『Afuera el Sol Estalla』(2018) より、Rodrigo Carazoのカヴァー。本作はClara Presta、Candelaria Zamar、Florencia Ruizなど本国では無名ではあるものの、才能ある音楽家たちをカヴァーしたアルバムで、中でもRodrigo Carazoは2020年作『Octógono』で日本では一躍知られるようになりました。これはその前作『Oír e ir』(2015) からのカヴァーで、オリジナルは1970年台のティン・パン・アレー&荒井由実の仕事を思わされる素晴らしいフォーキー・ポップでしたが、このカヴァーも素朴で牧歌的でとても良いです。
Close to You
Title

Close to You

Artist
Lola Cobach
Original
Carpenters - (They Long to Be) Close to You
Dolores CobachからLola Cobachへと改名したアルゼンチンのフォーク系SSWによるCarpentersのカヴァー(アルバム未収録のシングル)。もともとレイドバックした1970年代的なサウンドが特徴のシンガーでしたが、ここではモダンなソウルミュージックからの影響が強く現れています。次作を現在録音中ですが、個人的にはもっとも次のアルバムが楽しみな音楽家のひとりです。
Ludmila
Title

Ludmila

Artist
Kotringo & Cribas
Original
Spinetta Jade - Ludmila

※画像はYouTubeの映像をトリミングしたものです
最後に選んだのは、日本の音楽家、コトリンゴがアルゼンチンの現代フォルクローレ・グループ、Cribasと共演したスピネッタのカヴァー。スピネッタは前述で「アルゼンチンのみならず南米を代表するロック・スター、ルイス・アルベルト・スピネッタ」として書いていた音楽家ですが、アルゼンチンの音楽家への音楽的影響力や、カヴァーの数なら彼を超える人はいないのではないでしょうか。原曲はSpinetta Jade名義での1984年作『Madre en Años Luz』より。原曲に近いロックなカヴァーとしては、Loli Molinaの2015年作『Rubi』収録のものなどがありますが、この室内楽的なカヴァーはLos Changos Septet『Anit Negra』(2003) 収録のヴァージョンを参照していると思われます。というのも、コトリンゴがアメリカ留学時にこのアルバムを聴いていたから。Los Changos Septetはアルゼンチン生まれでアメリカを拠点に活動するギタリスト、作編曲家、Julio Santillánが、当時バークリー音楽学校在籍時に仲間たちと結成したグループ。当時同じくアメリカに留学していたコロンビアを代表する歌手、Marta Gómezを擁したことでも知られています。そして、コトリンゴが聴いていたのはあくまでもこのカヴァー版であり、原曲を知ったのは最近だったとのことです。スピネッタの界隈の音楽家を中心に、コトリンゴの音楽はアルゼンチンで聴かれていたということもあり、一部のアルゼンチンの音楽家の中でミュージシャンズ・ミュージシャンとして知られていたコトリンゴでしたが、ついに2018年にはアルゼンチン公演を行います。そしてアルゼンチンで共演していたCribasは、2020年、コトリンゴの尽力もあり来日公演を行いましたが、COVID‑19の発生により一部の公演は残念ながらキャンセル。しかし、そのときに録音したのがこのカヴァーです。コトリンゴのアルゼンチン音楽との出会いとなった曲であり、コトリンゴをアルゼンチンと結びつけた音楽家の曲であり、またCribasにとっては最も敬愛するアーティストの曲ということもあり、たくさんの人を結びつけた、そしてたくさんの人の想いのこもった名カヴァーといえるでしょう。
Profile

宮本剛志 / Takeshi Miyamoto
1985年生まれ。アルゼンチン音楽を中心としたライター、バイヤー。
Twitter

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